chapter.1 29歳のクリスマス(7)

恋人はおろか、新しい恋さえも生まれずに気が付くと12月24日を迎えていた。
クリスマスイブというだけあって兎町商店街の中では、あちらこちらでクリスマスソングが流れていた。おまけに、商店街の店主たちがサンタの格好をして接客をしている。兎町商店街組合の定例会議で、『クリスマスを盛り上げるためにサンタの格好をして店に出よう!』というプロジェクトが決まったらしい。パーティグッズで売っているような安いペラペラなサンタ服にふわふわの白鬚姿のサンタが、野菜やお肉を売っていたり、時々『MERRY CHRISTMAS』という文字とクリスマスらしいイラストが描かれている手持ちの看板を持ち歩いて、行き交う子どもたちを盛り上げていた。

「葉那。どこ行くの?」

と、駅へ向かうために商店街の中を歩いていたら、前からゆっちんが手を振り声をかけてきた。
声をかけてきたゆっちんは、赤い三角帽子にタイトなミニスカート丈のサンタワンピースを着ていて、子持ちとは思えない胸元がザックリと開いているサンタ姿を披露していた。

「ゆっちん……、何その格好……」

唖然としている私に、「ああ、これ?どう?可愛い?」と、ゆっちんは微笑む。

「可愛いもなにも……、なんでゆっちんがそんな格好してるのよ」
「うちだって商店街の住人だし。組合で決まったからさ」
「だからって……、なんでその格好?よくてっちゃんがこの格好許したね」
「テツは喜んで写真撮ってたけど。どちらかと言うと、美雨の方が嫌がってた」
「そりゃそうでしょうよ。母親がそんな格好してたら、引くっつーの」
「そう?可愛いのに」

と、言った後にゆっちんは、「そういう葉那こそどうしたのよ。らしくない格好してさ。もしかして、デート?」とスーツ姿の私を見て言う。

「違うわよ。仕事。出版社へ原稿渡しに行くの」
「色気ない話ね」
「大きなお世話よ」
「パーティには間に合うよね?」
「うん。大丈夫だと思う」
「美雨の友達家族も何組か来る予定なの。だから盛り上がるよ」
「修司も来るって言ってた?」
「聞いてないの?」
「ここ最近あいつも成人式の前撮りの仕事やら結婚式場のカメラマンの仕事で忙しいみたいだし、私も締め切りに追われてて、お互い連絡取ってないのよね」
「へぇ――、修司くんも意外と仕事忙しいんだね」

と、言った後にゆっちんは、「修司くん、仕事終わったら来るって言ってたよ」と教えてくれた。

「あいつもなんだかんだ言って、女っ気ないよねぇ。イブなのに」
「あんたも人のこと言えないじゃない」
「…………」
「そう言えば、修司くん。この間店に来た時に言ってたよ?『当分、女は要らない』って。相当あの時のことが痛手だったのね。可哀想に……」

ゆっちんの話を聞いて、修司の中であの時の傷が今もまだ残っていることを知った。
私にはポジティブなことを言っていたくせに、思いっきりダメージ食らったままじゃない。

「そもそもさ―――、何が原因だったわけ?結婚式当日に花嫁がばっくれるってよっぽどじゃない。理由聞いてる?」
「知らない。あいつ、自分のことは何も話さないから」
「なんだ。葉那にも話してないんだ。葉那になら真実を話してそうだったのに」
「てっちゃんは聞いてないの?」
「テツにも話してないみたいなんだよね。テツもなんだか聞きづらいって言って聞いてないみたいだし」
「……………」

今から3年前。私がちょうど然とのことで悩んでいた頃に修司は、2年付き合っていた恋人との結婚を決めていた。何度か会ったことがあるが、修司にはもったいないぐらいの美人で可愛らしい感じの女性だった。
結婚が決まった時は、てっちゃんの店で二人の婚約を祝福した。
その時の修司は、いつになく幸せそうで嬉しそうな表情を見せるから、二人の幸せが永遠に続ければいいのに、と願っていたのに…………
それは突然―――幸せ絶頂の中、壊れてしまった。

「あっ、噂をすれば修司くん」

と、ゆっちん。
振り返ると、後ろから一眼レフのカメラを首からぶら下げている修司がいた。
修司はサンタの格好はしていなかったが、サンタの帽子はかぶっていた。

「噂ってなんだよ」
「葉那がイブなのにパーティに来るなんて女っ気ないなって」
「優奈に言われるならともなく、葉那に言われたくねぇよ」

と、私に向かって言った後に、ゆっちんを見て、「つーか、おまえなんちゅう格好してんだよ。子持ちの女がする格好じゃねぇだろ」と呆れていた。

「葉那と同じこと言わないでよ」
「修司はカメラ持って何やってんの?おまけに帽子かぶってるし」

そう言いながら、修司がかぶっている三角帽子に触れる。

「矢萩さんに命令されて、商店街の中のクリスマス風景を撮ってるんだよ」
「良いように使われてるじゃん」
「うるせぇよ」
「ねぇ、せっかくだから葉那と二人で写真撮ってよ」
「いいよ」

ゆっちんは私の隣に並ぶと、私の腕に腕を絡ませて笑顔を作り、Vサインをした。
修司は頭にかぶっていたサンタの帽子を取ると、「とりあえず、雰囲気出すためにかぶっとけ」と言って、私の頭の上に乗せた。
それからゆっちんと二人で写真を撮ってもらった。



原稿を担当者へ渡し終えて、帰りのエレベーターを待っていた。上階から降りてきたエレベーターの到着音がなって、扉が開くと、「ああっ!堀内さん」と私に気が付いた榎田さんが元気な声でいい、「こ、こんにちは……」と元気な声に少し驚きながら言った。
乗り込んだ私に、「お会いできてちょうど良かったです。今、ちょっとお時間あります?」と微笑む。
1階に降りるつもりだったはずが、3階で榎田さんと降りた。誰もいないような静かなフロア。そんなフロアを歩きながら榎田さんの話を聞く。

「今、ちょうどライターの広瀬さんっていう女性のライターさんがいらしてるんです。ライターの後書き漫画の話をしたら、面白そうって賛同して下さって。良かったら、来月の取材に同行しませんか?って、おっしゃってくれて。それで、今年中に広瀬さんと顔合わせだけでもしてもらおうかなって、連絡しようと思ってたところに堀内さんと会えるなんて。運命です!」

と、榎田さんは喜んでいた。
少し歩いて、『会議室C』とプレートが掛かっている扉の前で足を止めると、「今、こちらで広瀬さんがお待ちですので」と言って、木製の扉を軽快にノックして、「広瀬さん、ごめんなさい。お待たせして」と言って榎田さんは先に部屋へと入った。
私も榎田さんに続くように部屋に入り、扉を閉める。

「先ほどお話していたイラストレーターの堀内さんと、ちょうどタイミングよくお会いできたので紹介しますね」

と、榎田さんが私を紹介しようとした時だった。

「葉…葉那ちゃん?」

突然立ち上がり、驚いた顔をしながら私を見る。
ちゃんと顔を見ていなかった私は、名前を呼ばれたのをきっかけに広瀬さんの顔を見た。
スラッとした長身体系で、ストレートロングの黒髪に少し派手なメイク。

「楓ちゃん……」

私も彼女同様に驚きながら、彼女の下の名前を呼んだ。

「……………」
「……………」

放心状態の私たちを見ていた榎田さんは、私たちの顔を交互に見た後に、「お二人ともお知り合いなんですか?」と聞いてきた。

「ええ……、まぁ……」

と、楓ちゃんは答える。

「そうだったんですか。それだったら、堀内さんも心強いですね」
「……そうですね」

こんなところで、結婚式当日に逃げだした花嫁―――修司の元婚約者と再会するとは、思いも寄らなかった。


30分程の楓ちゃんとの軽い顔合わせが終わり、楓ちゃんと榎田さんは打ち合わせがあるとかで私は二人よりも先に部屋を後にした。
エレベーターホールの前で、エレベーターが降りてくるのを待っていると、廊下の奥からバタバタバタと誰かが走ってくる足音が聞こえた。
エレベーターの到着音と共に「葉那ちゃん」と呼ばれ、少し息を切らせた楓ちゃんが、私の元へとやってきた。

「葉那ちゃん。私、もう少しで打ち合わせが終わるの。もし……時間あったら、どこかでお茶でもしない?」
「別にかまわないけど……」
「じゃあ、終わったら連絡する―――……って、連絡先わからないよね。あっ、携帯も忘れた」

と、楓ちゃんは少し慌てながら服のポケットをさぐっていた。
その光景が可愛くて、私は思わずクスッと笑みをこぼす。
それから鞄の中から名刺ケースを取り出して、名刺を一枚、楓ちゃんに渡した。

「近くのカフェで時間潰しておくから。終わったら連絡して。ここに携帯の番号とメアド記載してあるから」
「ありがとう」

と、楓ちゃんは微笑んだ。