chapter.1 29歳のクリスマス(5)

修司と二人で古傷に触れてから数日過ぎた頃。私は出版社へと来ていた。今やっている仕事の担当者の方に呼び出されて、何事かと思いきや、今の仕事とは別にもうひとつ仕事をしませんか。とありがたいお誘いを受けた。
話だけでも一度聞いてみることになり、担当者の方と一緒に訪れたのは、音楽雑誌『HIT!BEAT(ヒット!ビート)』の編集部。音楽情報誌で、歴史あるものだった。

「初めまして。榎田(えのきだ)と申します」
「初めまして。堀内と申します」

ここまで案内してくれた担当者さんと別れた後、編集部の片隅でお互い名刺交換。
今仕事させてもらっている雑誌は、ファッション要素が強い雑誌。そのせいか編集部にいる女性も流行りに乗った服装をしている綺麗な女性が多い。それに比べてここの編集部は、ファッションとは関係のない音楽雑誌ということもあるのか、ラフな格好をしている人が多いように感じた。
榎田さんも女性だけど、パーカーに細身のジーンズにスニーカーというラフな格好をしている。

「うちの雑誌、ご覧になったことありますか?」

と、言って、ここ3ヵ月ほどの発売された『HIT!BEAT』をテーブルの上に並べた。

「はい。学生時代はよく購入しておりました」
「それなら、お話が早いかも。これまで雑誌の最後のページあたりに取材の裏話的なものを載せていたんですが、それをリニューアルして文字だけではなく、イラストか漫画で読者にも伝えたいなって思っているんです」
「はい」
「今のところ3人ぐらいのイラストレーターさんにお願いしたいなって思っていて、堀内さんにもご協力頂けないかと思いまして」
「私にですか?」
「堀内さんが描かれているイラストをいくつか拝見させてもらったんです。堀内さんならイメージ通りに描いていただけるんじゃないかと。どうでしょうか?」
「私なんかにはもったいないぐらい、良いお話で嬉しい限りです」

新しい仕事の話に私を喜んだ。

「喜んで頂けて良かった。もし、お受けして頂けるなら、ライターと一緒に取材現場まで足を運んでいただき、取材でのこぼれ話などをイラストや漫画にして頂くことになります」
「取材を同行するってことですか?」
「ええ。その方が描きやすいですよね?」
「まぁ……、そうですね」
「お仕事のご都合もおありでしょうから、今すぐにお返事出来ないと思いますので、今週中にお返事頂ければ…と思います」
「―――わかりました。今週中にはご連絡させていただきます」
「良いお返事をお待ちしています」

それから私はテーブルの上に置いてある雑誌を手に取り、ペラペラとめくった。
すると、「あっ」と榎田さんが声を上げるので私は手を止める。

「なんですか?」

と、聞くと、榎田さんは、「堀内さんって、今日は何でここまで来られました?」と言う。

「地下鉄……ですけど」
「じゃあ、気づかれたかなぁ?地下鉄から上がってすぐに大きな交差点があるじゃないですか」
「はい」
「あの交差点付近にあるビルの屋上に設置されている看板が、今週から彼らに変わったんです」

と、手を止めたページに写っている男性4人組バンドを指さした。

「『Leonardo.b(レオナルド・ビー)』ですか」
「うちの雑誌でよくお世話になっているカメラマンが撮ったんですけど、それがすごくカッコよく写っていて。時々ファンの女の子たちが携帯カメラで看板を撮ってるんですよ」
「へぇ―――……。人気あるんですね」

そう言って、彼らのページに目を向けた。



出版社からの帰りに榎田さんから言われた交差点で、看板を見ろと言わんばかりに信号がちょうど赤へと変わった。
看板を探すべく上を見上げると、向かい側にあるビルの屋上に設置されている看板が、榎田さんの言う通り、男性4人組の人気ロックバンド『Leonardo.b』の新曲PR広告の看板だった。
モノトーン調で、ロックバンドなのに蝶ネクタイのスーツ姿で、楽器も持たずにカッコよくポーズを決めて4人で並んでいる。

――――― 何故、バンドマンが蝶ネクタイ……

と、疑問に思っている最中。
大学生っぽいフリフリの可愛らしい服を着た女の子2人が、「あったあった」と看板を指さして、可愛い声を上げて私の目の前に立った。
それから鞄の中から携帯電話を取り出すと、看板に向けてパシャパシャパシャパシャと携帯電話についているカメラのシャッターを切り始めた。

「ヤバいヤバい、然(ぜん)くん超カッコいい!」
「あんな瞳で見つめられたら、即死だよね」
「ああ――!マジで早くライブ行きたい!」

テンションを上げて彼女たちは、一生懸命看板に写っている彼の写真を何枚も撮っていた。
私はそんな彼女たちを見た後に、もう一度看板を見上げる。

「然……」

聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で呟いた。

――――― この男のどこがいいんだろう?

そんなことを思いながら、信号が青になるのを待った。



出版社から戻ってきてその足で如月写真館へと立ち寄った。
受付には如月写真館の孫娘のすみれちゃんが、ノートパソコンを開いて仕事をしていた。入り口の扉を開けると、「いらっしゃいませ」と立ち上がり、元気な声と笑顔で私を出迎える。が、やってきた相手が私だとわかると、「なんだ。葉那さんか」と笑顔を元に戻して着席する。

「なにその態度。可愛くないなぁ」
「だって、葉那さんはお客様じゃないから。愛想振りまくだけ無駄でしょ?」
「まぁ、たしかに」
「それにしても、今日はどうしたんですか?スーツ姿で」

白のブラウスにジャケットを羽織り、膝上のスカート姿にヒールを履いている私を見たすみれちゃんは、いつもの小汚いジーンズにスニーカーというラフな格好の私に違和感があったらしい。

「ちょっと仕事でね。出かけてたの」
「イラストレーターでも仕事で出かけることがあるんですね」
「そりゃあるわよ。もしかして、バカにしてる?」
「まさか。してませんよ」

と、言った後に、「修司さんなら、今休憩中だから3階の自宅の方にいると思いますよ」と教えてくれた。


修司は如月写真館で働き始めてから、如月写真館の3階にある従業員用の部屋に住んでいた。店の入り口横にある階段を3階まで上がり、3部屋あるうちの一番奥にある部屋が修司の部屋だった。
部屋のチャイムを押して、「黒沢さ――ん、お届け物ですよ」と声色を変えて言うと、玄関のドアが開いた。

「おまえかよ」

と、私の姿を見て言う。

「今時、『お届け物ですよ』って言う配達員の人なんかいないでしょ」
「どこか行ってたのか?」

私の格好を見て言った。

「出版社にね」
「なんだ。見合いじゃないのか」

そう言った後、「とりあえず、上がれば」と続けた。
修司の部屋の間取りは、2DK。玄関で靴を脱いですぐ隣に簡易キッチンがあり、廊下もなくすぐにテレビなどを置いている洋室がある。洋室の隣には木製の引き戸で区切られている和室があって、その部屋にはベッドが置いてある。
洋室の中央にある木製のテーブルの前で座ると、「出版社って新しい仕事?」と言って、私の向かい側に座った。

「うん。まぁね」

と、言った後に、「お茶ぐらい出してよ」と催促。

「俺、あと5分ぐらいで仕事に戻るんだけど」
「そっか。修司仕事中だっけ。ごめんごめん」
「あっ、そういえば。おまえ、最近テツたちの店に顔出した?」
「ううん。最近締め切り前だったから顔出せてない。なに?何かあった?」
「24日のクリスマスイブ、何も予定なかったら店でクリスマスパーティやるから来ないかってさ」
「イブかぁ……」
「なに?予定あんの?」
「いや、締め切りの前日だなぁ…って思って」
「イブなのに締め切りに追われるって最悪だな」
「なんとかイブまでには終わらせるわよ」

そう言いながら、ガッツポーズを作った。
それから、「ねぇ――、私が昔よく買ってた『HIT!BEAT』って雑誌覚えてない?」と聞いた。

「―――ああ、買ってたな。音楽雑誌だったよな。たしか」
「うん。その雑誌で仕事しないかって、言われた」
「へぇ、すげぇじゃん」
「でしょ?―――ただねぇ……ちょっと問題ありで、返事はまだしてないの」

と、言って、足を延ばして溜息を一つ落とした。

「問題って?」
「ライターと一緒に取材を同行しなきゃいけないのよ」
「へぇ――」
「…………」
「…………」
「…………」
「………で?」
「………会うよね」
「会うだろうな」
「だよね。どうしよう……」

と、修司の顔を見た。

「簡単だろ。会いたくないなら断る。仕事がしたいなら腹をくくる。はい。悩み解決」

修司は立ち上がると、「そろそろ仕事戻るから、帰れ」と言って座っている私を見下すように見る。
それでも立ち上がらない私に修司は小さく息を吐くと、「会いづらいのはわかるけど、別れてから3年経ってるんだし、向こうだって仕事なんだから、普通に接してくれるだろ」と半ば呆れながら言った。

「…………だよね」

修司から視線を外した後に返事をして、立ち上がった。
修司は仕事に戻る準備をし、私は荷物を持って狭い玄関で慣れないヒールに足を入れる。

「神永然(かみながぜん)に会いたくないの?」

私の後ろから修司は聞いてきた。

「――――わからない」

と、答えた後に、「今日ね、ビルの屋上にレオの大きな看板がかかっていたの。挑発するような目をしてこちらを見ている然を見ていたら、付き合っていた時のことを思い出した。―――だけどね。それと同時に、然を凄く遠くに感じた。3年前までは私の隣にいたのに……。今はもうこんなに遠い距離にいるんだって……。そう思ったら、6年一緒にいた事実が幻のように感じた」と続けた。



『Leonardo.b』のボーカリスト―――神永然。
3年前に別れた私の恋人だった男。