chapter.1 29歳のクリスマス(4)

私は学生時代から趣味でやっていた絵を描くこと、が、現在の職業として成り立っていた。デザイン系の専門学校を卒業後、小さなデザイン会社へと就職したが入社して数年で倒産してしまい職を失った。仕事を失くして暇つぶしで描いていたイラストをSNSなどにあげていたら、ラッキーなことにそれが出版社の人の目に留まり仕事を貰えるようになった。初めはちょこちょこっとしたイラストを描いていたけど、現在は小説の挿絵やファッション雑誌などにイラストを描かせてもらっている。
夢を叶えることも、自分の好きなことを職に出来ることも、出来そうで中々出来ないこと。棚からぼた餅的だけど、それを掴めたことはラッキーだと思う。
だからこそ、今の仕事を大事にしたいと思っている。

「――――だからぁ、今は結婚より仕事がしたいのぉぉぉ――!」

午後9時過ぎ。高校の同級生夫婦がやっている兎町商店街の中にある小さなダイニングバー『USAMIU(うさみう)』にいた。
L字になっているカウンターと4人席のテーブルが3席あるだけの店内で、2組のカップルらしき男女が私の他にいる。
私はカウンターの一番奥の端っこに一人寂しく飲んでいて、グラスに入ったビールを4杯飲み干した後に、店内に流れているBGMよりも大きく心の内を叫んだ。

「葉那。うるさい。他のお客様に迷惑だから叫ばないで」

店の二階にある自宅から降りてきたゆっちんは、カウンター越しに私の前へとやってくると言った。
“ゆっちん”―――香西優奈(こうざいゆうな)は、高校時代からの親友。高校卒業間際に妊娠が発覚して、卒業と同時に同級生だった“てっちゃん”―――香西哲志(こうざいてつし)と結婚している。

「葉那は、酔っぱらうとすぐに叫ぶよな」

そう言って、てっちゃんは笑う。

「私だって叫びたくて叫んでるわけじゃないの。叫ばないとやってられないの」

そう言った後に、空になっているグラスを持ってビールのおかわりを求めた。

「しかしさ――、あと数週間で男が出来るとは思えないんだけど」
「出会いさえあれば、なんとかなるんだって」
「だったら、もう修司でよくね?おまえらなんだかんだ言ってても仲良いじゃん」
「そうだよ。第三者のあたしたちから見ると、あんたと修司くんは恋人並みに仲良さげだけどね」
「冗談やめてよ」

そう言った後に、「早く、ビール!」と言ってビールを催促。
そんな私を気にする様子もなくゆっちんは、「あ、噂をすれば―――」と店の入り口の扉の方へと視線を向けた。
ゆっちんに釣られるように入り口の方を向くと、修司が入ってきた。

「なんだよ。3人そろってこっち見て」

3人の視線を変に思ったのか、修司は戸惑いながら言った。

「ちょうど今、修司くんの話をしてたところだったの」
「どうせ、ロクでもないこと言ってたんだろ」
「葉那の結婚相手、修司でよくね?って、話してたんだよ」
「もしかして、こいつの見合い話聞いた?」

そう言った後に、「ビール」と言い、修司は私の隣に座る。
それから羽織っていたジャンパーを脱いで、空いている反対側の椅子の上に置いた。

「今から出会って恋愛始めるなら、修司くんと始める方がてっとり早いじゃない」
「結婚相手ってそんな感じで決めるもんなの?」
「だからぁ――、結婚はまだしたくないっつーのぉぉ!」

大きな声で言った。
すると横に座っていた修司は、両耳に指を突っ込み、「相変わらず、酔うと叫ぶよな」と呆れながら言った。
ゆっちんはグラスに入ったビールを私と修司の前に置く。

「はい。お疲れ」

修司はグラスを手にすると、私の前に置かれたグラスビールを勝手に合わせて鳴らす。

「修司くん。アルバムありがとね」
「いえいえ。あんなもんお安い御用ですよ」

一口飲んだグラスビールを置いた。

「なになに?なんの話?」
「先月、美雨(みう)のダンス発表会があってね。その時の写真を修司くんに撮ってもらったのよ」
「姫の発表会となれば、出動しないとな」
「ええ――、私も美雨ちゃんの発表会に行きたかったぁ」

てっちゃんとゆっちんの一人娘の美雨ちゃんは、私と修司にとって姪っ子のように可愛い存在。
生まれた時から美雨ちゃんの写真を撮っている修司は、美雨ちゃんの専属カメラマンで、我が子のように美雨ちゃんの成長を見守っている程、可愛がっていた。

「見てやってよ。うちの姫君の写真」

てっちゃんは、どこからかアルバムを取り出してきて、私の前に置く。
写真をただファイルしているだけかと思いきや、ちゃんとしたアルバムになっていて驚いた。
そんなアルバムを手に、「これも修司が作ったの?」と聞いたら、「俺が手作りしたわけじゃねぇよ?レイアウトだけな」と言う。
それから私は何も話さず、しばらくゆっくりとアルバムに見入った。
舞台の上で踊っている写真はもちろんのこと、友達と仲良く話している写真や、集合写真など、様々なシーンの写真がアルバムの中に納まっていた。

「美雨ちゃんの笑顔、すごくいいね」

と、言うと、てっちゃんは「だろ?」と謙遜せずに言う。
親バカ全開のてっちゃんは、私たちと一緒にアルバムを見ていたかったみたいけど、料理の注文が入り、後ろ髪を引かれながら仕方なく私たちの前から離れ、ゆっちんも同時にお客さんに呼ばれて、そっちへと行ってしまった。

「修司が撮ってるから、自然な笑顔が出るんだろうけど。修司はこういう瞬間をとらえるのが上手いよね」
「昼間も言ったけど、おまえは俺の何がわかるんだよ」

と、鼻で笑い、ビールを一口飲む。
アルバムをめくりながら、「わかるよ。修司の写真を誰よりも多く見てるんだから」と言い、「カッコいい写真を撮るのもいいかもしれないけど、修司にはやっぱりこういう自然体の笑顔を撮ってもらいたいなぁ……」と続けた。

「そんなに褒めてくれるなら、見合い写真撮ってやろうか?」
「結構です」

そう言うと、修司は笑った。



私と修司が『USAMIU』から出たのは、23時前だった。兎町商店街はお酒を出している飲食店以外のお店が閉まっているせいか静かで、昼間の活気など感じられないぐらい歩いている人も少ない。
仕事帰りのサラリーマンやほろ酔い加減のOLがヒールの音を鳴らして歩いていたり、居酒屋から出て来た大学生らしきグループが円陣を組んで、大きな声で話している姿も見えた。

「ねぇ……、私の家って……こんなに遠かったっけ?」

家に向かって歩いているものの中々家に辿り着かないことに気が付いて、私は歩いていた足を止めて言った。
修司よりも先に来て飲んでいた私の方が酔っぱらっていて、まっすぐに歩いているつもりでもまっすぐに歩いていない状態になっていた。

「蛇行しながら歩いてるからな」

と、呆れながら修司は言う。
自分の中ではかなり歩いたと思っていただけに私はショックで、「マジかぁ――!」と無駄に大きな声を上げた。

「いちいち叫ぶなよ」
「つーかさぁ、なんで修司ついてくるのよ。あんたの家はあっちでしょ。如月写真館はあっち」

と、反対方向を指さして言った。

「おまえが一人で帰れないからだろ」
「そんなことないもん。一人で帰れるもん」

そう言って歩き出してすぐに何かに躓いたのか、足がもつれたのか、わからないが地面にうつ伏せ状態で転んだ。
後ろからそれを見ていた修司は、「なにやってんだよ」と呆れる。

「痛い……。痛いです……」
「だろうな。とりあえず、起き上がれ」
「無理。起き上がれない」

修司は私の腕を掴むと、立たせようと持ち上げるが、私自身が起き上がれる気力がなく座り込むのが精一杯だった。

「もういいよ……。修司」
「良くないだろ」
「どうせ、立ち上がったって、見合いしろって言われるだけだもん」
「見合いは今関係ないだろ」

修司の顔を見た。

「別の男と結婚しろって、無理に決まってんじゃん」

目頭が熱くなって、涙の粒が生まれると静かに零れ落ちた。
その姿を見ていた修司は、「話がまったく?み合ってねぇけど……。泣くな」と言う。

「泣くよ!泣くに決まってんじゃん!」

と、また無駄に大きな声で言い、子どものように声に出して泣いた。
私たちの横を通り過ぎて行くサラリーマンの人たちに変な目で見られていたけど、修司は泣いている私に文句を言うわけでもなく、何も言わずにしゃがみ込んだ。
ジャンパーのポケットから、どこかで貰ったらしいパチンコ屋の名前が書かれたポケットティッシュを私に握らせる。

「笑いたい時には笑い、怒る時には怒り、泣きたい時は泣く。そういう素直なところは葉那のいいところだよ。だけどな―――」

そう言った後に修司は立ち上がると、「アラサー女がやってるとウザい」と言い放ち、「いい加減、立ち上がれ。アラサー女」と言って、私の両腕を掴むと、さっきよりも強い力で引っ張り上げて、無理矢理私を立ち上がらせた。

「痛いっ!強く掴まないで!」
「いい加減、前を向け。3年前の傷なんかもう消えてるだろ」
「修司に何がわかんのよ!6年も付き合って結婚出来ないって言われた女の気持ちなんか、あんたにわかんないわよ!」
「だったらおまえは、結婚式当日に花嫁に逃げられた俺の気持ちがわかんのかよ」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………あれはあれで悲惨だったよね」
「おまえの傷に比べたら、俺の方が致命傷だろ」
「私たち……ダメダメじゃん……」

鼻をすすり、涙をぬぐいながら言った。

「ダメダメだけど、俺たちは神様にそっぽ向かれるような悪さはしてない。次は絶対今以上の幸せがくる。だから、前を向け。おまえの未来は明るい。俺の未来も明るい」
「相変わらず、変なところポジティブ」
「ポジティブ上等」

と、言った後に、「ほら、帰るぞ」と言って修司は歩き始めた。

「ポジティブ過ぎる男もウザいけどね」

と、言うと、修司の後をついて歩くように歩き始めた。