chapter.1 29歳のクリスマス(3)

うちの洋食屋からさらに奥へと進んだ場所に『如月(きさらぎ)写真館』がある。 数年前に写真館の建物が店舗兼住居となり、鉄筋コンクリートの3階建ての近代的な建物へと生まれ変わったが、昔ながらにある町の写真館だった。
店のウィンドウには、家族写真や七五三の写真、振袖姿の成人式の写真などたくさんの写真が飾られてある。その多くは、店主である如月さんが撮影しているが、最近では、弟子である修司に任されることも多くなってきた。

修司の実家は数年前に店をたたんでしまって今はないが、同じ兎町商店街で書店を営んでいた。修司は昔から本よりもカメラが好きで、おじいちゃんから貰ったという古いカメラを持ち歩いて写真を撮っていたのを覚えている。時々身近にいた私をモデルにしては、色んな写真を撮られた。
大好きなカメラを職業に選んだ修司は、モデルやタレントなどを撮っている有名カメラマンの助手として働いていたけど、ああいう派手な場所は肌に合わない。と言って辞めたがっていた時に、タイミング良く如月さんが助手を探していると聞き、矢萩さんの紹介で如月写真館を手伝うことにした。
有名カメラマンの助手として働いていた時は、何に対しても余裕がない感じがして、常にイライラしていて、修司の撮る写真からは優しさが感じられなかった。でも、ここで働きだしてから、昔のような穏やかな修司に戻ったように思う。

「その写真、修司が撮ったの?」

写真館のウィンドウに見慣れない家族写真が1枚飾られていた。
まさに修司らしい優しさが感じられるような家族写真。

「うぉっ、葉那」

店の外から家族写真を眺めていた修司は、突然現れた私に驚く。
驚いている修司をよそに、「いい写真だね」と見慣れない家族写真を見て言った。

「人見知りされてどうしようかと思ったけどな。最後には笑顔を見せてくれて良かったよ」

写真には、私たちと変わらない年代の若い夫婦と2〜3歳ぐらいの小さな男の子が写っている。
両親に手を繋がれて、幸せそうに笑っている男の子の笑顔を見ていると、微笑ましくて、私までも自然に微笑んでしまう。

「この写真、好きだなぁ……。この親子の柔らかい雰囲気が伝わってくる」
「おまえ、そんなのわかんの?」
「私には伝わってくるよ」
「適当なこと言ってんなよ」

そんな会話をしていた時に、「おや、二人揃ってるじゃない」と、私たちの方に歩いてきた矢萩さんに声をかけられた。
矢萩さんは商店街で女性物の衣料店を営んでいる店主で白髪混じりの60代の男性。兎町商店街の組合長さんも勤めていて、楽しい企画などを提案して商店街を盛り上げてくれている。

「あっ、矢萩さん。うちの母に変なもの渡さないでくれません?」
「変なものじゃないでしょ。あんな上物中々いないよ?」
「矢萩さんになんか貰ったのか?」

私と矢萩さんの会話を聞いていた修司は聞く。
その質問に答えづらくて何も言わずにいると、「葉那ちゃんに見合い写真を渡したんだよ」と矢萩さんはニコニコと笑顔を浮かべながら言う。

「見合い写真?!」

と、修司は驚いていた。

「最悪だよ……」
「葉那ちゃんにぴったりの男性だと思うんだけどねぇ」
「どこが?」

と、思わず口に出てしまったぐらい、何を思ってそういう考えに至ったのか、知りたい。

「ホントに彼、良い人だから。葉那ちゃんも気に入ると思うよ」
「……………」
「修司くんにも良い人がいたら、紹介してあげるからね」
「遠慮しておきます」
「まあまあ、そう言わない。食わず嫌いはダメだよ?」
「なんですか。それ」
「そんなことより、忘れるところだった。これ、如月さんに渡してといてくれる?今度の定例会議の資料ね」

そう言って修司に書類を手渡し、「――じゃあ、これから『Little Rabbit』に行ってくるよ。なっちゃんが来るって言うから、ちょっと顔出そうと思ってね」と言って、ご機嫌で私たちから離れて行く。

「“なっちゃん”って……、『Little Rabbit』で働いてた人だよね?小説家の先生と結婚したって言う」
「俺はてっきり店主の水嶋さんと夫婦だと思ってたんだけどな」
「私も思ってた。―――それにしても、小説家の人とどうやって知り合うんだろう?お客さんだったのかな?」
「そうかもな。何気にこの界隈有名人多いじゃん」
「だよね。庶民的な町なのにね。アイドルやミュージシャンの遭遇率高いよね」
「俺、この間、女優の若菜まり子見たよ」
「マジで?!実物も綺麗だった?」

なんて言う会話をしながら、私たちは写真館の中へと入った。


店に入ると、いつも元気よく聞こえる「いらっしゃいませ――!」という声がないのに気が付く。
辺りを見渡した後に、「あれ?すみれちゃんは?」と聞いた。
如月写真館の如月さんの孫娘のすみれちゃんが、お小遣い稼ぎに写真館の受付を担当している。
いつも店に入ると姿が見えるのに今日はなかった。

「お客さんのところへ配達に行ってるよ」
「へぇ――、そういう仕事もあるんだ」

受付を通り抜けて、修司の後を追うようにスタジオに入った。それから私はスタジオの隅に置いてある撮影用の長椅子に座り、修司はスタジオにある機材を片付け始めた。その様子を見ながら、お母さんと口論になった見合い話の一部始終を話した。
修司は時々相槌を打ちながら、私の話を最後まで聞いてくれて、「――――それで、おばさんの逆鱗に触れたんだ」と、鼻で笑った。

「だってさぁ――、どう考えたって無理だと思わない?好きでもない男と結婚して、子どもなんか作れるわけないじゃん。ね?」
「目つぶってればいいじゃん」
「いや、そういう問題じゃないから」
「しかし、今年中って……1ヵ月もないだろ」
「そうなんだよねぇ―――……」

と、頭を抱えながら、「修司の友達でいない?フリーのやつ」と聞いた。

「そんな状態なら、素直に見合いしろよ。紹介も見合いも同じだろ」
「違うでしょ」
「なにが?」
「気持ちが」
「同じだろ」
「違うったら、違うの」

と、言った後、「もぉ――――、どうしよう……」と再び頭を抱え込んだ。
すると、カシャッとシャッターを切る音がした。
頭を上げて前を見ると、修司が最近お気に入りで持ち歩いているフィルムを使用するタイプのコンパクトカメラで私を撮っていた。

「なんでこんな姿撮るのよ」
「『見合いが嫌でグズってる葉那』っていうタイトルが思いついたから」
「あのねぇ――!」

と、怒るとまたカシャッとシャッターを押す。

「今度は、『怒りスイッチが入った葉那』」
「貸してよ。今度は私が撮ってあげるから」

そう言って立ち上がると、私は修司の元へと歩き出した。
修司の側まで来ると、手を伸ばしてカメラを私に渡すように催促するも修司は、「おまえ絶対ロクな写真撮らないから、貸さない」と拒む。

「あんたが言わないでよ」

それから二人で、「貸してよ」「嫌だって」「いいから貸して」「すぐ壊すから嫌だ」「壊さないっつーの」「昔、俺が大事にしてたプラモデルを壊した前科がある」「いつの話してるのよ」とか言って言い合っていたら、「なんだか賑やかな声がすると思ったら、葉那ちゃん来てたの」と、二階にある事務所兼自宅から店主である如月さんが降りて来た。

「うるさくしてすみません」
「いいよいいよ。葉那ちゃんは元気な方が、葉那ちゃんらしいからね」
「アラサーなんだから、そろそろ落ち着けって感じだけどな」
「うるさいよ」

と、修司の肩辺りをバシッと叩いた。
すると修司が、「いてぇーなぁ。加減しろよ」と言って、すかさずやり返してきた。

「修司の方が痛いじゃん」
「痛くねぇよ。こんなの」
「慰謝料請求したいぐらい痛かった」

くだらないことを言い合っている私たちを見ていた如月さんは、ニコニコした表情を見せながら、「相変わらず仲良しだね」と微笑む。
如月さんのその一言で、私たちは言い合うのをやめた時に、「すみません……」と、店内の入り口で女性の声が聞こえた。
修司はすぐに、「はい」と返事をして、受付の方へと向かう。
奥から受付を覗くと、リクルートスーツを着た女性で、証明写真を撮って欲しい。と言っていた。それから受付を済ませた修司は、私がいるスタジオへと彼女を案内してくる。
修司は如月さんに、「証明写真です」と告げると、如月さんは、「そう。じゃあ、修司くんお願い」と言う。
修司は二つ返事をして、証明写真を撮る準備に取り掛かった。

「――じゃあ、仕事の邪魔しちゃ悪いから帰るね」
「おう。今日、テツんところ行くけど」
「じゃあ、私も行く」

と、すれ違いざまに言って、店を後にした。