chapter.1 29歳のクリスマス(1)

20代最後のクリスマスの朝は、寒さで目が覚めた。お酒の匂いが残る寝室。その場で寝返りを打たなきゃいけないぐらい狭苦しいシングルベッドには、私と私に背を向けて眠っている修司の姿。
シングルサイズの掛け布団だからか、布団を修司に引っ張られていて、私は毛布一枚で包まっている状態だった。

「さむっ……」

と、思わず声を漏らす。
修司が包まっている掛け布団をおすそわけしてもらうように掛け布団の中にもぐりこみ、修司の背中にぴったりとくっついた。
修司の背中越しから伝わってくるぬくもりにしばらく癒される。
真冬のこの時期は、やっぱり人肌のぬくもりが一番心地良い……。なんてことを思いながら温まる。
しかし、数秒後。ふと我に戻った。
スイッチを入れたように頭が起動する。そのおかげであり得ないようなことが脳裏に浮かび、おそるおそる掛け布団を少しだけめくって中を覗いた。
メンズものの白Tシャツと、勝負下着とは言い難い色気もなにもないボクサータイプのショーツ姿の私。おそるおそる隣で背を向けて眠っている修司を見ると、上半身裸の背中が見えた。

「ぅわぁぁ――っ!」

この状況がどういう状況なのか理解した私は、大きな声を出して修司の背中を思わず押しのけた。
私が思いっきり押しのけたせいで、修司はベッドの下へ転がり落ちて、ドサ!という音と共に「イテッ」という声が聞こえた。
ベッドの上で下着を隠すように掛布団をまとい体を起こしたと同時に、修司もゆっくりと体を起こして私の方を向いた。

「…………ヤバいよね?」

昨晩のことを思い出して、血の気が引いて青ざめている私は言った。

「なにが?」
「この状況が!」

戸惑っている私をよそに修司は、「朝からデカい声だすなよ……」と言う。
それから、「さむっ」と口にすると、再びベッドへと潜り込もうとするから私はそんな修司を、「入ってこないでよ」と言ってもう一度押しのけて拒否した。

「なにすんだよ」
「修司が入って来るからじゃない」
「入るだろ。寒いんだから」
「寒いなら、服着なよ」
「そういう問題じゃねぇだろ」
「そういう問題だよ!」

修司は納得いかない表情を浮かべつつ、「意味わかんねぇ……」と言って頭をかいた。
それから畳の上に脱ぎ捨ててあった自分のTシャツを拾いあげる。

「――――ねぇ」
「なんだよ」

と、修司は嫌そうに返事をし、「すげぇTシャツ冷めてぇし……」と文句を言いながらもTシャツを着て、ゆっくりと立ち上がった。

「私たち……そう…だよね?」
「覚えてねぇの?」

寝室の隣にあるリビングへ続いている木製の引き戸を開けた。

「覚えてないことはないけどさ…………」

昨日の夜、二人が飲んだ缶ビールがローテーブルの上で二つ並んでいたのが、修司越しに見えた。
それを見て、昨日の夜のことが鮮明に蘇ってくる。

「覚えてないなら、もう一回やっとく?」

修司はそう言いながら、ローテーブルの上に置いていたエアコンのリモコンを手に取り、電源を入れて暖房をつけた。

「冗談やめて」
「1回やったら2回も3回も同じだろ」

と、修司は軽く言いながらこちらを向く。
ニコっと微笑んだ修司に、「笑えないから」と冷静に言ったら、「冗談だよ」と微笑んでいた顔を元に戻して言った。

「つーかぁ、どうすんのよ………」

と、私は頭を抱え込み、「絶対やっちゃいけないことやったじゃん……」と口にした。
私の言葉に対して修司は少しムッとしながら、「そんなに俺とヤッたことが嫌なのかよ。失礼な女だな」と言う。

「私と修司だよ?ありえないでしょ」
「アリだから出来たんだろ」
「私たち幼馴染だよ?偶然にも同じ日に生まれて、同じ商店街の中で育って、恋愛とは程遠〜〜〜い距離にいた仲じゃない。それが恋愛すっとばして一線を超えるって……ありえない」
「30間近のいい大人なんだし、超える時は超えるだろ」

修司のその言葉が凄く癇に障って頭を上げると、「いい大人は超えないから!」と少し大きな声で言った。
すると修司は私のそんな態度を見て苛立ったのか、両耳に指を突っ込み、「うるせぇなぁ。朝からギャンギャンわめくなよ」と言い、「昨日の夜は、程良く酒が入って、お互いそういう気分になった。よくある話だろ。それのどこに問題があるんだよ」と言う。

「相手に、だよ」
「あいつだったら良かったのかよ」

ムカついて、枕を修司に向かって投げつけた。
投げた枕は修司の肩辺りに当たる。

「そんな怒んなよ」

私は、フンッと首を横にした。

「葉那(はな)」

少しの沈黙の後に修司は私の名前を呼ぶ。
それでも黙っていると、「俺、今日仕事だからシャワー浴びたいんだけど。おまえはどうする?浴びるなら先に浴びろよ」と聞いてきた。

「……いい」

そう言うと修司は溜息を一つ落とし、「言っとくけど。昨日の夜のことは、同意の元だからな」と言って脱衣所の方へと向かった。
脱衣所の扉がバタンと閉まったと同時に、私はベッドに倒れこむように伏せた。

「だから……それが問題なんだってば……」

20代最後のクリスマスの朝を、人生で一番最悪なものにするつもりなんかなかった。
考えれば、考えるだけ、二日酔いな気分になっていく。