Chapter.6 忘れられない恋を背負う

夏のある日、紗月から“生まれました”メールを貰った。生まれたばかりの赤ちゃんを抱っこしている陽平の写真が添付されていて、あまりにも微笑ましくて思わず顔がゆるむ。紗月がお母さんになると知った時、驚いたけど紗月なら良いお母さんになれると思ったし、陽平も良いお父さんになれると思った。二人にはこれからも幸せ街道を進んで行ってほしいと願う。
メールを読み進めていくと、最後に『全然遊びにこないし(`´)、たまには遊びに来てね(^^)』と書かれていた。

恭介との別れから、3年近くの月日が流れていた。
私は新しい町で、新しい生活を送っている。恭介と別れる前にあれ以上迷惑をかけられないと思い坂の上にあった図書館を退職して、恭介との思い出が多すぎるあの町も出て、新しい町の図書館でまた図書司書として働いていた。新しい環境で目まぐるしい日々に追われていても、恭介との10年間の想い出は3年で綺麗に消えるほど簡単なものではなかった。仕事している時、友達や同僚と過ごしている時はそれなりに楽しい時間を過ごせるようになったけれど、一人になると恭介のことは未だに思い出す。
その度に自分が思いのほか恭介に依存していたことに嫌悪感を抱く……。

恭介の復帰には思っていたより時間が掛かり、あの騒動から1年近く経った頃に復帰した。思いのほか復帰が遅かったので引退説やメンバーとの不仲説が囁かれていていたが、復帰ライブでファンの目の前であの騒動のことを詫びて、これからメンバーと共にまた一から頑張って行くと決意表明していた。その様子をテレビで見た時、恭介の目は何かをふっ切った様な力強い目をしていた。
それから後に私たちが別れていたことが報道され、恭介は「あの騒動で別れたのではなく、二人が描いている未来が違ったから」と綺麗な言葉で私たちが別れたことを述べていた。あれだけお互い泣いて別れたのに……と思うと笑えてしまった。
それからの恭介は生まれ変わったかのようにグループの仕事はもちろん、個人活動にも意力的に仕事をこなしていて、去年は賞なんかも取ったりして、グループの知名度はもちろん恭介の知名度も上がり、小早川さんが抱いていた夢が叶えつつあった。
それなのに、私だけが未だにこの恋を引きずっているのかと思うと、なさけない。

恭介はもう全て想い出に出来たのだろうか―――?


仕事が終わると私は溝部さんと食事の約束を交わしていた。溝部さんとはあれから良い関係を続けていて、私と恭介の交際が発覚した時も心配して電話をくれたり、恭介と別れた時はあまりにも私が落ち込んでいるからすごく心配してくれて、電話くれたり、食事に誘ってくれたりと励ましてくれた。それから時々二人で出かけたり、仕事帰りに食事へ出かけたりしている。

「今日、福沢からメールきた?」
「鼻が陽平だったよね」

私が言うと、溝部さんは笑いながら私の取り皿を手にとって、料理を取り分けてくれた。

「たしかにあの鼻は福沢の鼻だよな」
「DNAってすごいよね」
「でも絶対可愛い女の子だよ」
「しかし、あの二人が親になるなんて……なんか信じられないっていうか……大丈夫なのかな?って心配」
「学生から一緒だからきっとそういう思いの方が強いんだよ。きっと福沢夫婦もゆらさんが親になるって知ったらそういう思いになるのかも知れないよ」
「すごく心配かけそう」
「でもまぁ、その前に結婚だよね」
「ああ……たしかに、それはすごく心配かけてる気がする」
「じゃあ……そろそろ俺にしとく?」
「…………」

話の流れでさりげなく言った溝部さんの言葉に、私は思わず言葉を詰まらせてしまう。

「冗談だよ。固まんないでよ」

小さく笑いながら溝部さんは言った。

「冗談に聞こえないし……」
「まぁ、半分……8割は本気だったんだけど」
「そんなのもう冗談じゃないし」

と言った私に、ハハハハ、と笑う溝部さん。

「ちゃんとわかってるつもりだよ。付き合って10年、別れて3年。まだ忘れられないってことぐらい。近くで見ていたんだから…………それでも、そろそろちゃんと気づいて欲しいなっていう僕の本音」
「…………」
「……そんな暗くならないでほしいところなんだけど」
「私だって……ちゃんと考えてる……だけど……まだ……」
「もし、次の恋を探す余裕が出てきたら、僕も候補に入れて欲しい。それだけだよ」

私はコクンと首を縦に振った。
この3年間、溝部さんの気持ちにはずっと答えられないでいた。
溝部さんに飛び込んで行けば、私が欲しいと願っていたものが全て手に入るというのに、どうしてもそれが出来ない。
情けないけど、私の中では恭介は未だに健在で消えない。この想いを断ち切らない限り、私は誰にも恋が出来ないと思う。


今勤めている図書館は駅前の総合ビルの中にある出張所の図書館で、本の数は以前の図書館に比べて少なめだが利用者数は多かった。街中にあるっていうのが利用しやすいのか、年配者よりも学生が多い印象を受ける。そのため自習室を兼ねているフロアにはよく勉強をしている学生が目についていた。以前勤めていて図書館は割とゆっくりとした時間が流れていた感じだったが、ここの図書館は利用者が多い分、時間の流れを速く感じていた。最初は慣れなかったけど、今はその方が良かった。
忙しいほど、恭介のことを考えずにすむから―――――

「山田さん」

閉館になり片付けをしていたら、石原とあまり年が変わらない吉井さんが声をかけてきた。
絵本を本棚に片付けながら吉井さんの方を振り向くと、「山田さんってたしかスターダストの恭介の恋人がいるって言われてた図書館で働いてたんですよね?」と聞いてきて、思わず手にしていた絵本を落してしまう。

「え…あ……うん……それがどうかした?」

思いっきり動揺しながら、落した本を拾い上げる。
何を言われるのか……とドキドキしながら待っていたら、「じゃあ、寂しいですねぇ……」と言った。

「……何が?」
「あの図書館取り壊しになるんでしょ?」
「え……?あそこなくなるの?」
「そうみたいですよ。なんかぁ、老朽化に伴い取り壊して図書館は移転するみたいですよ」
「そうなんだ……」

次の日、仕事帰りに会う約束をしていた溝部さんとの待ち合わせ時間に余裕があったので、あの図書館へと立ち寄ってみることにした。3年ぶりに図書館がある駅に降りて、あのきつい登り坂を登る。この坂を登って通勤していた頃は踵のあるヒールを履いても全然平気だったのに、今は少しきつい。この坂からの景色も3年離れていただけなのに、どこか懐かしくほんの少しあの頃と違って見えた。図書館の建物はあのまんまで何も変わっていなかった。図書館の中も壁に貼ってあるポスターなどは多少変わっていたがあの頃と少しも変わっておらず、あの頃と変わらない時間が流れている。相変わらず人は疎らだし、館内のしんとした空気は何一つ変わっていない。それが懐かしかった。

「あれ?、山田さん?!」

階段を降りてきた石原が、私に気がついて声をかけてきた。
石原はあの頃より少し髪が伸びて、可愛らしい女の子という雰囲気から大人な女性へと雰囲気が変わっていたことに時間の経過を感じる。

「石原。久しぶり。元気だった?っていうか、まだいたの?」
「そうなんですよぉ――って、大きなお世話ですけどね。それより、山田さんこそどうしたんですか?」
「ここが取り壊されるって聞いてきたんだけど……」
「そうなんです。ホラ、ここ古いでしょ?本当は建て替えって言ってたんですけど、利用者も少ないし、どうせなら下に降りた方が利用しやすいんじゃないかってことで、市役所の横にある建物に移転するんです」
「そうなんだ……寂しくなるね」
「だから今、引っ越し作業とかで猫の手も借りたいぐらい忙しいんですよ」
「あはは、頑張って。館長いる?挨拶していくわ」
「奥にいますよ」
「ありがとう。じゃあ、またね」

それから私は館長に挨拶した後、3階へと上がった。相変わらず人が誰もおらず静まり返っている。ゆっくり本棚の本を眺めながら歩き、窓辺に立つと外の景色を見た。窓から見る景色は、あの頃と変わっていなかった。楽しそうにおしゃべりしながら歩いている女子高生たち、愛犬を散歩させている老父、無邪気に走り回っている子ども達……あの頃と変わっていなくて思わず微笑んでしまう。

ここには恭介との思い出がたくさんある。
昼間から堂々と会える場所だったから、恭介がよく自転車に乗って来ていた。
あの頃は思わなかったけど、今思うと……あの頃は幸せだったんだなぁ。と感じる。
ここでたわいない会話をして、恭介をこの窓から見送って……そんな小さなことが幸せだった。
無くした今、それを感じるなんて……私って本当にバカだ。
もう一度あの頃に戻れるなら、もっと恭介に甘えれば良かった。
喜ばせてあげれば良かった。
今更どうしようもない後悔ばかりが積もる……

窓の外の景色を見ながら感傷に浸っていると、誰かが階段を登ってくる音が聞こえてきた。石原が登ってきたのだと思い、私は窓から離れ階段の方へと歩き始めた。本棚を通り過ぎて階段の方を見ると、階段を登ってきたのは石原じゃなかった。サングラスをかけて黒のギンガムチェックのブラウスに黒無地のベストを羽織った男性―――――恭介だった。
お互いの姿を確認して、二人とも時間が止まったかのように動きが止まる。笑う事も声をかける事も出来ずに、ただじっと相手を見つめた。それは向こうも同じで動かない。ハッキリと強く鼓動が鳴る。

「……な、なんで?」

私がやっと出た言葉を震えながら言うと、「それはこっちの台詞。ゆらこそなんでここに?」と、恭介はサングラスを外して言った。

「ここが取り壊されるって聞いて……それで……来てみたの」
「へぇ……取り壊されるんだ……ここ」
「うん……」
「そっか……寂しくなるなぁ」

恭介は私の横を通り過ぎて、さっきまで私がいたあたりを歩き始めた。

「それでここに来たんじゃないの?」

恭介の後ろ姿を見ながら言った。

「いや、時間空いたから久しぶりに立ち寄っただけだよ」

恭介は窓から外を覗く。

「そうなんだ…………」

恭介の背中を眺めながら、あの頃より雰囲気が変わった気がした。
どこかふわふわしていたような柔らかい感じじゃなくて、しっかり地に足をつけているといった感じがする。

――――沈黙が続いた。
何を話したらいいのか……わからない。伝えたいことはたくさんあるけど、どれを伝えたらいいのか、どれが伝えたらダメなのか……妙に緊張して判断がつかない。せめて、「元気だった?」ぐらいは言えたらいいんだけど、タイミングを完全に無くした感じがする。

今、恭介は……何を思って、何を考えているんだろう?

昔は恭介の考えを手に取るように読めたのに、3年経った今は何も読めない。
それだけ距離が開いたって事かもしれない。

「なんかさぁ――……緊張しない?」

恭介は小さい笑いを漏らしながら言った。

「そだね」
「元気だった?」

恭介は笑顔を見せながら、クルッと私の方に向きなおした。

「まぁ……それなりに」
「そっか」
「恭介は?」
「俺もそれなりに」

思わず小さな笑みがこぼれる。

「まぁ、元気そうで良かったよ」
「恭介も」

私が笑顔で言った後、私の携帯電話が鳴った。
着信相手は溝部さんからで、チラリと恭介を見た後に私は「ちょっと……ごめん」と横に向いて電話に出た。

「はい……もしもし」
『あ、溝部です。今から待ち合わせ場所に向かうけど、ゆらさんはまだ図書館?』
「うん。じゃあ、私も今から行くね」
『じゃあ、待ってるから。気をつけてきてね』
「うん。それじゃあ……」

それから一通りのことを話した後に電話を切り、「……じゃあ、私、待ち合わせしてるから、行くね」と、恭介に伝えた。

「ああ。元気でな」
「うん。じゃあね」
「おう」

お互い笑顔で別れを告げて、私は階段をくだった。
不思議と階段を降りる足元が鼓動と変わらない速度で軽快になる。
たった……たった数分会っただけなのに、バカみたいに浮かれている自分がいる。
胸の高鳴りが鳴りやまない…………

「山田さん。もう帰るんですか?」

階段を降りて1階についた時、また石原に会い声をかけられて足を止めた。

「これから人と会う約束してて……」
「そうなんですか」
「うん、それじゃあ、またね……」

石原の前を通り過ぎようとした時、「恭介に会えました?来てるでしょ、今」と言い、私は思わず石原の顔を見る。

「安心して下さい。私以外気がついてませんから」
「いや、そうじゃなくて……」
「恭介、山田さんが辞めた後も時々ここに来てますよ」
「え……?」
「いつも一人でここに来て、3階のフロアから窓の外良く眺めてますよ」

胸の中の鼓動が騒ぎだした。
――――なんで?

「愛されてますね」

石原は顔をニヤつかせながら肩で私の肩を押した。

「……愛はないから……」

動揺隠せないまま放心状態で言った後に、石原は「ええ――?そうですかぁ?まだ山田さんのこと忘れられないからここに通ってるんじゃないんですか?」と、ニヤニヤしながら私をからかう。

やめてよ。いい加減なこと言わないでよ……
恭介が私のこと愛してるわけないじゃない。
だってもう3年も経ってるんだよ?
ありえないでしょ……


溝部さんと待ち合わせして来店したお店は、溝部さんが仕事で一度来店して料理が美味しかった。と言っていた日本料理店。古い長屋をリノベーションしていて、昔ながらの雰囲気も残しつつ近代的要素も上手く融合されている素敵な造りとなっているお店だった。店内は全て個室となっていて、ゆっくりとした時間でコース料理が堪能出来た。申し分ない美味しい料理を堪能しながら溝部さんとたわいのない話をするも、今日の私は恭介のことで頭がいっぱいで心ここにあらず。
どうして恭介はあの図書館に通っているのか――――なんてことを考えれば考えるだけ深みにはまって行き、答えが生み出せない。
ただ、石原がひやかしたあの言葉だけが答えのように浮かんでくる。
そうであって欲しい、そうであって欲しくない……と、何度も答えをチェンジして、結局何も導き出せず同じことを繰り返していた。

「ここの料理美味しくなかった?」

箸が止まっていた私に溝部さんは言った。

「ううん、とても美味しい。美味過ぎて味わってた」

私は慌てて笑顔を作り、適当な言葉を述べて小鉢に入っていたお刺身に手を伸ばした。

「……もしかして何かあった?明らかに今日は変なんだけど」
「……普通でしょ」
「心ここにあらずって感じだけど」
「…………」
「何かあったの?」

するどい観察力で図星をつかれて、私は持っていたお箸を箸おきに置いた。それから冷酒が入っているグラスを手に取ると、残り僅かな量をグビっと飲み干して溝部さんに伝えた。

「……恭介と会ったの」

この言葉で溝部さんは時間でも止まったかのように動きが止まり、驚いた表情を浮かべて私を見た。

「それは……連絡して……?」

私は首を横に振り、「ううん。偶然。ほら、待ち合わせ前に以前勤めてた図書館に寄るって言ってたでしょ。そこで偶然会ったの……」と答えた。

「図書館に?彼が?」

今度は首を小さく縦に振った。

「あそこで働いている後輩が言うには、恭介……時々来てるみたいで……」
「……彼、まだあの近所に住んでるの?」
「陽平からは引っ越したって聞いたけど……どこに住んでるのかは知らない」
「そう…………」
「……それがどうかした?」
「いや、別に。なんでも。でも、まぁ、良かったじゃない」

溝部さんは、グラスに入っている私と同じ冷酒を一口飲んだ。

「別に……良かったわけじゃないけど……」
「素直じゃないなぁ、ゆらさんは」

小さく口元で笑みを作る溝部さん。

「…………」
「そっかぁ……再会したんだ。ゆらさんと恭介くん」

と、溝部さんは独り言のように言った。

「再会って言っても挨拶したぐらいだよ」
「―――しかし、よっぽど彼とゆらさんは縁があるんだね。普通、別れた男と偶然に再会するって中々ないじゃない。おまけに相手は芸能人。普通に考えて可能性はゼロに等しいでしょ」

溝部さんは言った後、半分グラスに入っていた冷酒を飲み干した。

「…………」
「これからまた図書館に行けば彼に会えるじゃない。良かったね」
「忘れないで欲しいんだけど、恭介とどうこうなることはないから」
「それは、“ない”じゃなくて“できない”の間違いでしょ」
「…………え?」
「そっか……そうだよ。そうなんだよね……」

溝部さんは独り言のように小さい声でいい、一人で納得していた。

「ねぇ?なんのこと?」
「―――いや。別に。もう、この話はやめようか。ここで話す様なことじゃない気がするし」

溝部さんが言った意味がよく分からないまま、それ以上この話はしなくなった。
食事を済ませて店を出ると、「少し歩くと公園があるんだけど……酔い覚ましに行かない?」と誘われて、私たちは近くの噴水がある公園まで歩いた。店から公園まで5分ぐらいだったけれど、その間溝部さんは私の少し前を歩いて一言も話さなかった。いつもなら色んな話を聞かせてくれるのに、今日は……というか、恭介の話題が出てから何かを考えているような……そんな感じで無口だった。
街中にあるその公園は自然が多くて小川なんかも人工的に作られていている割と大きな公園で、草木からは夏の虫の音が合唱していて、その音色を聞きながら白と青の照明がライトアップされている噴水の前に並んで立ってしばらく噴水の動きを眺めていた。

「ゆらさん」

お互い何も言わずにいたら、今まで黙っていた溝部さんが私の名前を呼ぶ。

「はい……」
「僕たち今日で会うのやめましょう」

その言葉に私はゆっくりと横にいる溝部さんの方を向くと、溝部さんも私の方を向いた

「あの……」
「この間から言ってるけど、僕はゆらさんが好きです。たぶん……初めて会った時からずっと。でも、ゆらさんには彼がいたから、簡単に忘れることは出来ないだろうと思ってたんで、いつかゆらさんが僕の方に振り向いてくれたらいいな……と、気長に淡い期待を抱いていたんだけど………それはもう無理だと、さっき気がついたんだ」
「……さっき?」
「ゆらさんと彼は、“別れた”じゃなくて“別れさせられた”なんだよね。たしかに別れを言ったのはゆらさんの意志だったのかもしれないけど、ゆらさんは彼に心から別れを言ったわけじゃない。彼のために自分を犠牲にしたまで。そうでしょ?」
「そんなことは……」
「ないって言える?」
「…………」
「ゆらさん自身が彼に振られない限り、ゆらさんはきっと次に進めないよ」
「…………」
「―――ということなんで、僕はこれ以上あなたに期待を抱いて会うのはやめます。勝ち目のない恋をするほど、僕も若くないんで」
「…………」
「―――でも、もし、少しでも僕に可能性があるなら――――僕は、今日まで生きてきた山田 ゆらの全てを受け止めて幸せにする自信はある」

今まで見たこと無かった溝部さんの真剣なまなざしが、私の酔いを覚ましていく。
目の前にはずっと私が欲しかった幸せがある。
この人に飛び込んで行けば、きっと私のこれからの人生は順風満帆に行くのだろう。
だけど――――――

「…………ごめんなさい」

私は頭を深く下げて謝った。

「―――だよね。まぁ、玉砕するのはわかってたことだし、僕が勝手にゆらさんを好きになって期待してただけなんだから。ゆらさんは気にしないでよ」

溝部さんは小さく微笑んだ。

「…………本当はちゃんと次に進まなきゃいけないってわかってる。でも、溝部さんの言うように恭介への気持ちがきちんと断ち切れていない状態で、私はどうしても次にはいけない。それがわかってたくせに……私は寂しさを埋めるために溝部さんの優しさを利用して、結果酷いことをしてしまい……申し訳ありませんでした」

私はもう一度頭を下げた。

「いいんだよ。利用されてたとしても、僕はそれでもあなたに会いたかったんだから」
「……ごめんなさい」

溝部さんは噴水のコンクリート部分に腰掛けると、「余計なお世話かもしれないけど……彼はやっぱりゆらさんに会いに行ってたんじゃないのかな」と言った。

「え……?」
「あそこに行けばゆらさんに会えるって思ってたんじゃない?」
「まさか…………だって3年も経ってるのに」

すると、溝部さんはぷっと笑いを漏らして、「ゆらさんだって3年経っても未練たらたらじゃない」と言い、私はそれに言葉を無くす。

「“別れさせられた”ってこと、彼なら気づいてるんじゃないかなぁ?だから、図書館に行ってるんじゃないの?」
「…………」
「早く決断しないと、あの図書館なくなるんでしょ?彼との唯一の繋がりが消えちゃうよ?」
「―――で、できない。できない。無理。無理。だって、私、身を引けって言われたんだよ?今更また出て行ってどうするのよ。無理だよ。これ以上、恭介に迷惑かけられない」

頭を抱えてしゃがみこんだ。
頭の中がパンク寸前だった。溝部さんの言ったことが本当だったとしたら、今すぐにでも恭介に飛び込んで行きたい。
だけど、それは現実的には無理な話しで…………でも、心の奥がずっとウズウズしている。

はぁ―……と、大きなため息を一つ落とした後、溝部さんは口を開いた。

「それは、3年前の話でしょ」

溝部さんは立ち上がると、しゃがみこんでいた私の腕を引き上げて私を立たせた。

「最後に一つだけ。僕が彼だったら、可能性をかけて図書館に会いに行きます」