Chapter.4 解ける赤い糸

秋の気配が顔を出し始めた9月吉日。陽平と紗月の結婚式が行われた。純白のウェディングドレスに包まれて紗月は陽平の花嫁となった。この二人の恋の歴史を初めから間近で見ていた私には感慨深いものがある。幸せそうに笑っているこの二人にも紆余曲折はあり、それを乗り越えて今日という日を迎えた二人には、本当に心の底から幸せになってもらいたい。
挙式と披露宴を終えて二次会へと流れるが、結局恭介はこれなかった。その代わりに二人宛てにビデオレターを渡していたみたいで、それが会場に流れた。恭介が出てきた瞬間に会場に黄色い声が上がった。2人へのお祝いの言葉を“スターダストセブンの恭介”らしく言い、最後に紗月が好きだという、スターダストセブンのメンバーが出てきてお祝いの言葉を述べさせられていた。紗月はそれに大喜びで「恭介がスターダストで良かった」と感動していた。

「あの二人の交流関係って凄いですね……って、もしかして、ゆらさんも友人?」

二次会の帰りに溝部さんと駅までの道を歩いている時、溝部さんが言った。
陽平や紗月が知っていたぐらいだから、あのネット掲示板の件を知っているのかと思っていたけど、どうやら溝部さんは知らないようだった。

「まぁ……」
「凄いなぁ……」
「他の人からみたら“スターダストセブンの朝比奈 恭介”かもしれないですけど、私たちからしたら同級生の“朝比奈 恭介”ですよ」
「なるほどなぁ。でも、たしかにそうですよね」

私の携帯電話が鳴った。電話の相手は今まさに話題に上っていた恭介からだった。表示されている着信相手が恭介からだと知った私は電話に出るかどうか迷っていたら、溝部さんが「電話出ないんですか?」と聞いてきた。目の前で電話に出るのに戸惑い感じながらも出ないのは不自然かと思い、電話に出た。

「もしもし……」
『俺。恭介だけどぉ、まだ2次会やってんの?』
「ううん。今から帰るところ……」

チラリと隣にいる溝部さんを見たら、彼はニコっと笑顔を向けてきた。

『じゃあ、迎えに行こうか?』
「え?」
『今帰ってきたところなんだけど、コンビニ行くついで』
「いいよ。一人で帰れるから」
『危ないだろ。こんな時間に』
「大丈夫だから。っていうか、今、人いるから切るね」

隣にいた溝部さんが腕時計で時計を確認した後、「山田さん、ヤバい、終電出ますよ!」と言って私の手を取り走りだした。

「あ……じゃあ、ごめんね」

恭介の電話を強制的に切り、私は駅まで溝部さんと走った。
そのおかげで終電には間に合い、なんとか最寄りの駅についた。改札をくぐり、駅を出たロータリーの前でクラクションを鳴らされた。そこには見慣れた黒の外国製の車。運転席には眼鏡かけた恭介がいた。車の助手席に乗り込むと、「車で帰る距離でもないんだけど」と私はまた可愛げない言葉を述べる。

「コンビニに行くついでって言ったろ?」
「……」

恭介はゆっくりと車を動かした。
徒歩5分の道のりをどうやって帰るんだろう。

「結婚式と二次会どうだった?」
「紗月たちらしい素敵な式だったよ。紗月も陽平もポロポロ泣いてて、間近であの二人を見ていた分、涙が出た」
「ああ――、俺も行きたかったなぁ」
「恭介来てたら、絶対二人より泣いてたよね」
「かもしれない。俺、自分の結婚式でも絶対号泣する自信あるもん」

私は思わず微笑む。

「寄り道〜」

恭介は曲がるべき場所で曲がらず、そのまま真っ直ぐに進んだ。住宅街を突き抜けて図書館方面へと向かって行く。恭介の最寄り駅前を通り過ぎ、図書館がある坂道を登った。時刻は深夜。外灯はあるものの虫の音しか聞こえない静かな図書館の駐車場に無断で車を止めた。車から降りると私たちは図書館横にある公園へと向かう。少し肌寒い風が今日のために買った提灯袖のピラピラしているワンピースを揺らす。

「風邪引きそう……」

そう言うと恭介は腰に巻いていた長袖のシャツを肩にかけてくれた。

「これも薄いけど、何もないより良いだろ」
「ありがと」

二人手を繋ぎながら公園へと歩く。
誰もいないところじゃないと、私たちは手を繋ぐことも出来ない。

図書館の横にある公園は、サッカーや野球などの球技は出来ないけど子ども達が走りまわって遊べるような大きなグラウンドがあり、その隅っこにジャングルジムやタコの形をした滑り台、砂場などの遊具が設置されていた。遊戯の側には子ども達が遊んでいる姿を見守る様に、木製の屋根がついたベンチが3つ程横に並んでいる場所があり、私たちはそこに腰を降ろした。

「明日、仕事早くないの?」
「うん。昼から」
「ふーん」
「今度さ、ファンクラブ限定ライブやるんだよね」
「へぇ」
「ゆらもくる?」
「私、ファンクラブ入ってないし」
「入ろうよ」
「おかしくない?私、スターダストの朝比奈恭介が好きなわけじゃないんだけど」
「そこ絶対線引くよな。こだわり?」
「別にこだわってるわけじゃないけど、スターダストの恭介と目の前にいる恭介はやっぱり違うから」
「ふ――ん。じゃあ、スターダストの俺は嫌いなの?」
「別に嫌いじゃないよ。恭介だし」
「複雑だな」
「でも、応援はしてるから」
「ありがと」

恭介は急に立ち上がると、「帰り、コンビニ寄って良い?」と言った。

「え?まだ寄ってなかったの?」
「だって、ゆら、男と一緒にいただろ?浮気してないかチェックしてやろうと思って」
「別に浮気してないし。あの人は陽平の会社の人だよ」
「ふ――ん」

何やら疑いの目でこちらを見るので、やましいことは無いが思わず視線をそらしてしまった。
あの二人が紹介してくれた。だの、食事に誘われた。だの言ったら、何言われるかわかったもんじゃない。

「俺らって二人で会う時間少ないじゃん?電話やメールもそんなにしないし」
「うん」
「だから、その分、ゆらのことがわかんないんだよね。ゆらの様子や表情で多少のことは掴めることは出来ても、ゆらが今何を考えてるのか、何を思ってるのか……離れている分、掴めないんだよ。だから、これからはまた色々話して下さい」
「そうだよね。そういうのって、私たちには大事なことだよね」
「じゃあ、言って」
「何を?」
「あの男、誰?」
「やっぱりそこにいくんだ」
「普通、いくだろ」
「しつこいなぁ。本当に陽平の会社の人なだけだって」
「―――わかったよ。今回はそういうことにしといてやる」
「…………」
「風冷たいし、そろそろ帰ろうか。ゆら風邪引いたら嫌だし」

私も立ち上がり、また二人仲良く手を繋いで駐車場までの道を歩いた。
久しぶりに持てた二人の時間は、恭介の本音も聞けたし、ちょっとモメたけど、それなりに楽しい時間が過ごせて嬉しかった。最近ゆっくり二人で過ごす事が出来なかったから、こういうサプライズは10年経っても嬉しい――――だけど、そう浮き足たってばかりはいられない。それに気がついたのは、数日後だった。出勤前、テレビのチャンネルを変えている手が一瞬にして止まった。恭介の映像と一緒に並んでいた文字に驚愕する。

―― 一途な愛!!交際10年!!スターダストセブン朝比奈 恭介(26)熱愛発覚! ――
―― 深夜の公園で仲良く手を繋ぎデート!! ―――

テロップに映し出された文字を瞬きするのも忘れるぐらい何度も読み返した。

「な……なんで?」

思わずテレビに向かって声が漏れる。
テレビのキャスターが言うのには、今日発売の週刊誌があの日立ち寄った公園で話していたところとコンビニでのことを隠し撮りしていたようだった。写真は見開き2ページで数枚掲載されていて、一番大きく載っているのは、公園から手を繋いで駐車場へと戻ってきた写真だった。辺りは真っ暗だったけど、あの駐車場には明かりが灯っていた。だから私たちの顔がハッキリと写っている。もちろん、私は目元が隠れているけど、私を知っている人はすぐに分かると思う。公園のベンチで座って話している写真や駅前で私が恭介の車に乗り込む写真もあり、おまけにコンビニでの写真もご丁寧に掲載されていた。
リモコン持つ手が震えた。
息をするのも忘れそうになるぐらい、ドキドキして苦しい……

これを盛り上げるように、この間の図書館騒動のことを芸能レポーターは述べ、私たちが立ち寄ったコンビニが図書館近くだったことで、恋人は一般人で図書館で働いているのではないか、とも言っていた。

「うそ……」

この時点で、私だとバレた―――と思う。
茫然とリモコンを持ったまま動けなくなっている時、携帯電話が鳴った。

『ゆら!どういうこと?!これ、絶対ゆらだよね?!』

電話は紗月からだった。思わず携帯を耳から離してしまったぐらい大きな声の第一声は、怒っている口調だった。

「……それは………」

言葉に詰まらせていると、紗月がまた言葉を繋げた。

『恭介とは別れたんじゃなかったの?本当は今でも続いてたの?ねぇ、ゆら、本当のこと言ってよ』
「………ごめん。恭介とは別れてない」

目を固く瞑り、ゆっくりと呼吸を整えた後言った。

『私たちのこと騙してたの?』
「騙すつもりはなかったんだけど……結果的にそうなった。本当にごめんなさい……」
『ゆら……みずくさいじゃない。なんでそんなウソついてたの?』
「…………」
『私たちが誰かにしゃべるとでも思ってたの?』
「そうじゃないよ。あの日……恭介がオーディションに受かった日、直感で恭介は絶対芸能人になるって思ったの。それなのに、私なんかと付き合ってるって言われて、これからの恭介に傷をつけたくなかった。だから……嘘をついた。恭介はすごく嫌がってたんだけど、私が「別れたことにしよう」って言ったの。簡単についた嘘だったけど、高校卒業したらその嘘が本当になるって思ってたし、デビューすれば恭介とは別れると思ってた……思ってたのに……気づくと10年も一緒にいた……」
『ゆら……』
「言い訳になるけど、私も恭介もずっと紗月たちに黙っていたこと本当に心苦しかったってのは信じて欲しい。本当は何度も言いそうになった。だけど、恭介が有名になればなるだけ言えなくなってた」
『どうして……?』
「だって、誰も知らない秘密を紗月たちに抱えてもらうわけにはいかないじゃない」
『……バカだなぁ、ゆらは。そうやって細かいことごちゃごちゃ考えるから、自分を苦しめるんだよ』
「それはよくわかってるんだけどね……」
『どうせ、今日のことも色々考えてるんじゃないの?恭介に申し訳ない。とか思ってるでしょ。それは違うからね。何もゆらがそう思うことないんだからね』
「わかってるってば。大丈夫だよ」

私は小さく笑った。

『それにほら、他のメンバーも恋愛バレたりしてるじゃん。恭介だけじゃないし、大丈夫だよ』
「うん。ありがとう」

紗月と少し話しただけで不思議と心は軽くなった。
私たちの事をずっと知っている人物だからこそ安心するのかもしれない。

紗月との電話を終えてすぐに図書館に電話を入れた。事情を話してその日は休みをもらった。館長が気を使ってくれてしばらく有休を使って休めばいいと言ってくれたのは有難かった。図書館に私への問い合わせの電話がたくさんかかってきたみたいだったけど、上手く対処してくれたようだった。本当に申し訳ないぐらい迷惑をかけてしまって、心が痛む。
1日中テレビをつけていると、芸能情報を扱っている番組は必ずと言っていいほどトップニュースで私たちのことを取り上げていた。間違った情報もあるけど、私の知らないところで自分たちのことを調べられているのは――――怖かった。
あんな世界で仕事している恭介は怖くないのだろうか……?
恭介から電話がかかってきたのは、その日の日付が変わろうとしている時だった。てっきり落ち込んでいるのかと思っていたら、意外と明るい声で電話をかけてきたのは意外だった。

『ついにバレたな。今までバレなかったのが奇跡だよな』
「なんだか嬉しそうだね」
『別に嬉しくはないけど、スッキリって感じしない?これからは堂々と一緒に歩けるし、良かったじゃん』
「なにそれ?歩けないでしょ」
『バレたんだし、今更隠しても意味無くない?』
「――じゃなくて、恭介はアイドルなんだよ?そんなアイドルが堂々と恋人とデートしてどうするのよ」
『ファンだって恋人や旦那がいたりするんだから、アイドルに恋人がいたっていいじゃんかよ』
「そういうことじゃないでしょ」

私は大きなため息をひとつ落して言った。
恭介は世間に私たちのことがバレて反省しているどころか、喜んでいるようだった。

『とりあえずさ、明日コメント出すから』
「うん」
『交際認めるから』
「はぁ?!え……ちょ、ちょっと待って、本気で言ってるの?」
『うん』
「うん、って…………それでいいの?」
『まぁ、事務所は渋ってたけど。あれだけ堂々と報道されたら“仲の良い友人”って嘘丸出しじゃん。仲の良い友人が夜遅くに公園で手繋ぐかって話になるだろ?』

恭介の言葉に私は言葉を失った。
あまりにも早い展開で私の頭はショート寸前だった。

「恭介」
『ん?』
「メンバーはもちろんそれで納得してるんだよね?」

当事者の一人である私でさえこの展開についていけてないんだから、身近にいるメンバーはきっと快く了承しているわけじゃないと思った。他のメンバーの熱愛がバレた時は、“仲の良い友人の一人”というコメントで交際を否定していたのに、恭介だけ認める―――なんて展開は絶対にありえない。

『メンバーは関係ないでしょ。俺の問題だし』
「関係あるんじゃないの?メンバーにも迷惑かかっちゃうかも知れないし……」
『別に迷惑かかんないだろ。そんなことより、しばらくまた会えないから』

恭介はメンバーの話が嫌だったのか、話を変えてきた。

「……あ、うん……」
『おまけにしばらくホテル暮らしで、当分落ち着くまでお互い大人しくしてましょうってことでよろしく』
「うん……わかった」
『大丈夫だって。またすぐ会えるから。電話もするし』

本当にこの決断は正しいのだろうか……?
恭介はどうしてそこまでして交際を認めたがるんだろう。
アイドルって、こんな簡単に堂々と交際宣言なんて本当にしていいの……?
疑問だけが残る。

「―――ねぇ、やっぱり交際は認めるべきじゃないと思う。絶対恭介のファンは今回のことで悲しんでるよ」
『まだ言ってんの?じゃあ、ゆらはさ、また陽平たちの時みたいに嘘つけっていうの?』
「ついていい嘘はあると思う」
『そんなの嘘は嘘だろ』

結局何も解決策が浮かばないまま私たちは電話を切った。
翌日、恭介が言っていた通り交際を認めるコメントが発表された。たった紙きれ1枚のコメントのおかげで、マンションの前にいたマスコミの数も減り、図書館も昨日より落ち着いたと心配して電話をくれた石原が言っていた。それから5日も経つ頃には、ようやくいつもと変わらない日常を取り戻していた。

『仕事どう?図書館はもう騒いでない?』

1週間経ったある日、恭介が朝から電話をかけてきてくれた。
あの騒動からまだ恭介には会えてないが、いつもよりもマメに電話やメールをくれるようになり、会えなくてもいつもより身近に感じていた。

「うん。もう通常通りって感じかな」
『それは良かった』
「そういえば明後日だっけ?ファンクラブイベント」
『おう』
「頑張ってね」
『もちろん』

コメントを発表してから恭介はよく記者の人たちに囲まれている姿を見たけど、ノ―コメントを貫いていた。その姿を見て、本当は認めたらダメだったんじゃないかとさえ思えてくる。恭介は何を考えて認めるコメントを発表すると言ったのか……ちゃんと聞けば良かったと後悔した。「嘘をつくのが嫌だ」みたいなことを言っていたけれど、本当にそれだけだったんだろうか……?
私との交際を認めて、恭介に得することってあったんだろうか……?


「恭介の前から消えて」

駅の階段を降りていた時、そんな言葉を耳元で聞いたと思ったら、私を一瞬で真っ暗な闇の中へと引きずり込んで行った。暗闇から解放された時には、病院のベットの上にいて最近ろくに連絡もしていなかった母親の姿があった。

「気がついた?」
「なんで……いるの?……っていうか、ここ……まさか病院?」
「ええ。警察から連絡きてビックリしたわよ」
「私……どうしたんだっけ?」
「駅の階段から突き落とされたって聞いたけど、覚えてないの?」

母の言葉で私は思い出した。
あの言葉を後ろから耳元でささやかれて背中を押されたような気がする。

―― 恭介の前から消えて ――

今でもハッキリと耳に残る言葉。

「軽い脳しんとうと左足は捻挫だって。念のため今日1日入院して異常がなかったら退院出来るって。―――それから突き落とした犯人だけど、髪の長い女の人だって言ってたけど……見覚えない?」
「……ねぇ、それ誰が言ってたの?」
「警察が言うには目撃者の人が何人かいたみたい。どうする?被害届出す?目撃者がいるんなら犯人見つかるんじゃない?」
「いや、これは…………」
「ねぇ、思うんだけど……ひょっとしたら、犯人って恭介くんのファンなんじゃない?ほら、交際宣言しちゃったし、逆上したんじゃ」
「それは違うから。恭介のファンは関係ないから」

母が言葉を言い終えるのを待たずに私は言った。

「大した怪我じゃなかったから良かったものの、一歩間違えたら危なかったかもしれなかったのよ?それでも違うって言える?」
「私は誰にも突き落とされてない。一人で転んだの。ぼーっとしてたから誰かとぶつかって階段を踏み外したの」
「…………ゆら。あなたの気持ちも分からなくはないけど、恭介くんと一緒にいるってことは、またこういうこともあるってわかってる?」
「やめてよ。本当に違うから……恭介のファンがこんなことするわけないじゃない」
「これから先もきっと同じようなことはあると思うわよ。今回は軽傷で済んだけど、次は分からないわよ?」
「…………」

恭介と付き合っている以上、悲しみや憎しみから出たあの言葉をまた聞くことがあるかもしれない。
初めて触れたその想いに、私は恐怖を覚えていた。

「そういえば、この間恭介くんから電話がきたわよ」
「恭介から?なんて?」
「勝手に交際宣言した事とその騒動の謝罪。うちの方にもマスコミが来てて大変だったのよ」
「うそ……本当に?ごめん……」
「恭介くんにも言ったけど、あなたたちのことは何も言ってないから。ただね―――色んな人からゆらのこと聞いてたみたいでねぇ……」
「…………」
「アイドルの恋人ってだけであなたのことを調べられるのは……ちょっと嫌だったわ」
「まさか……恭介にそれ言ってないよね?」
「…………」
「言ったの?ちょっとやめてよ。恭介関係ないじゃない。マスコミが勝手に騒いでるだけじゃない」
「そうじゃないでしょ。あなたが付き合ってるのは、あの頃の恭介くんじゃないでしょ?芸能人の恭介くんでしょ。何かあればすぐに記事にされるような相手だってわかってる?」
「そんなの言われなくてもわかってるわよ」

今回のことで実感をした。どれだけ頭の中で恭介は「芸能人」だって認識していても今までそれを実感することなく、あくまで想像でしかなかった。だから、恭介が起こす行動一つでこんなに世間が騒ぐなんて思ってもいなかった。今回初めて恭介は芸能人なんだって―――改めて実感した。

「……ゆら、あなたはあの交際宣言をどう思ってるの?」
「どうって…………私は元々反対だったの。世間が騒ぐことはわかってたし、ファンも悲しむし、メンバーにだって迷惑かかるし……だから反対してたの。でも、どうしても恭介がするって言うから……」
「ねぇ、お母さん思うんだけど。恭介くん、あなたとの結婚を考えてたんじゃないの?堂々と交際宣言すれば、あなたと結婚も出来るって思ってたんじゃない?そうじゃなかったらわざわざ騒ぎ立てるようなことしないでしょ」
「……まさか……」
「私はそう思ってたけど。それで、あなたは恭介くんと結婚する覚悟はあるの?」
「そりゃあ……いずれは……」
「恭介くんが背負っているもの全部受け止めて、彼を支えていく覚悟はあるのね」
「……え?」
「あなただって大人なんだからわかるでしょ?恭介くんと結婚するなら好きや嫌いだけで結婚なんか出来ないって」
「…………」
「覚悟が出来ないなら別れなさい。あなたも、もういい年なんだから。いつまでもズルズルとやってないで区切りつけるのも良いことじゃないの?」

母の言うことはわかる。
わかるけど、覚悟があるのか―――と聞かれたら、芸能人である恭介を受け止められるんだろうか?
そう考えると、もう簡単に「結婚」なんて言葉は口には出来ないと今更ながら思った。

それから警察が来て色々聞かれたが、私は自分が転んだと言い張った。いくら目撃証言があったとしても被害者である私が自分で転んだと言い張っている以上、警察も動きようがなくて大きな事になることなく終わった。これで私が恭介に会うまでの間に怪我を治しておけば全て丸くおさまると思った―――――だけど、現実はそんなに甘くはなかった。
退院した翌日の午後。母がつけていた情報番組の中で恭介のことがトップニュースで流れた。ファンクラブ限定ライブ会場の裏口で、たくさんのフラッシュを浴びて、冷静さを失い、カメラを持った記者らしき人の胸倉を掴み、感情をむき出しにしている恭介をスタッフが取り押さえているも、恭介は何度もふりほどいては掴み掛かっていた。怒り狂っているはずの恭介の目からは涙が流れていた。

「なんであいつが怪我しなきゃなんないんだよ!!」
「そ、それは―――朝比奈さんが交際宣言したからじゃ……」
「ふざけんなよっ!!あいつが何したっていうんだよ!あいつはずっと文句も言わずに俺を支えてくれてただけだろ!見守ってくれてただけだろ!それがなんで怪我させられるんだよ!!あいつをそんな目に合わせるために仕事してたわけじゃねぇーよ!一緒にいたわけじゃねぇよ!!」

テレビに映る恭介の姿をただ黙って見ていた私の目からも自然と涙が頬を伝った。

「…………バカ恭介」

私たちはもう終わりだと思った―――――