Chapter.1 平行線を辿る二人

夏のある日、高校から仲の良かった紗月と陽平が結婚すると案内が届いた。事前に紗月から陽平と結婚すると話を聞いていたので驚きはなかったけれど、こうやって結婚式の招待状が届くと高校時代の二人のことが走馬灯のように蘇って胸が熱くなる。結婚するまでの間、二人には色々あったみたいだけど、結婚まで至ってくれたことは友人として嬉しいし、誇りに思う。

「結婚式の招待状ですか?」

仕事の合間に招待状を広げていた私に後ろから後輩の石原が覗きこみながら話しかけてきた。

「あ、うん。高校からの同級生なの」
「へぇ、いいなぁ〜。結婚とか今すごく憧れます」

少々目をうっとりとしながら石原は言った。

「ねぇ、いいよね」
「山田さん、ニッコリしてる場合じゃないですよ。27歳なんですよ?」
「あはは、そうだね。まずは相手みつけなきゃ」
「そこからですか?」

石原が去った後、招待状と一緒に入っていた小さな一筆箋を封筒から取り出した。そこには紗月の可愛らしい丸っこい文字で、『恭介も呼んだけど大丈夫だよね?』と一言書いてあった。
紗月たちの結婚式に恭介を呼ばないわけにはいかないだろう。
何故なら、紗月と陽平、私と恭介はグループ交際をしていたのだから。

「山田さん。先にお昼行ってきて下さいって」

先程立ち去った石原が再び戻ってきて私に声をかけてきた。
私は了解とだけ言い、招待状を一通り封筒の中に入れた後、席を立った。


私が勤務しているのは市立図書館。心臓破りの坂と呼ばれている坂の上にある。緑あふれる公園の横手に昭和40年代に建てられた古い地下1階地上5階建てのコンクリートの建物だった。お昼になると自転車やバイクで坂の下にあるコンビニまで買いに行く人もいるし、出前を頼む人もいるが、私は3階の専門書と自習室を兼ねているフロアに併設されている喫茶コーナーを利用していた。そこが特別何かが美味しいってわけでもないし、ランチが特別安いというわけでもない。
とにかく3階は人の出入りが少ないため喫茶コーナーも開店休業状態で静かだった。その静かな場所で、読みかけている文庫本を読むのが昼間の癒し時間だった。
『日替わりランチ』を注文した後、おとといから読んでいる推理小説の文庫本を鞄から取り出して昨日の続きから目を通した。物語は中盤に差し掛かっていて、私の中で“あの人”が犯人かもしれない、などと推理しながら読んでいると、鞄の中に入れていた携帯電話が音は鳴らずにブブブッブブブッと震えながら動いているのに気がついた。
文庫本にしおりを挟み、携帯電話を取り出すと紗月からの着信だった。

「はい。もしもし」
『もしもし、ゆら?今大丈夫だった?』
「うん。久しぶり。相変わらず元気そうね」

学生時代から変わらない明るく元気な声の紗月に思わず笑みが漏れる。

『招待状届いた?』
「うん。結婚おめでとう。当日紗月のウェディングドレス楽しみにしてるから」
『ありがと。それより……あのさ、昨日陽平のところに恭介から連絡きたみたいで、式と披露宴には出席出来ないけど二次会には出席してくれるみたいなの』
「そうなんだ」
『ゆら、二次会も来てくれるんだよね?大丈夫かな?』

さっきより少しトーンを下げて心配そうな声で言った。

「え?なにが?」
『ほら、元カノとして……恭介が来ても嫌じゃないかなって思って』
「――ああ、そういうこと。大丈夫、大丈夫。昔のことじゃない。それにあいつなら毎日のようにテレビで見てるし。大丈夫よ。気を使わせてごめんね」
『良かった。でも、言われてみればそうだよね。最近恭介よくテレビ出てるもんね』

すぐにまた明るいトーンに戻り、紗月は言った。

「あのさ―――わかってると思うけど、そのことは内密でお願いします」
『もちろんだよ。そんなの公表しちゃったら大変なことになるじゃない。大丈夫大丈夫』
「ありがとう」
『それから、陽平が言ってたんだけど、恭介、ゆらと会うこと楽しみにしてるって言ってたって』
「そうなんだ。じゃあ、私も楽しみにしてるって言っといて」
『了解。じゃあ、また連絡するね』

楽しみにしてる―――――か。
紗月との電話を切った後、思わず私は小さい笑みを漏らした。

朝比奈 恭介は、高校の時の同級生。お互いあの二人の友人だったいうことから自然と4人でいることが多くなって、私と恭介が付き合うことに時間はそんなにかからなかった。高2の時に恭介が友人数名と受けたアイドル発掘オーディションに一人受かって、養成所に通い始めた。本人は芸能界やアイドルには興味なく、ただ養成所のレッスンが楽しいと言って部活感覚で通っている感じだった。だからデビューは高校卒業してからだったけれど、20歳過ぎたあたりからテレビに出る回数も増えて、今ではトップアイドルの仲間入りしている。

だから、私たちの恋愛は、初めから何もなかった――――ということにした。
よくある“ただの仲の良い友人の一人”。
それはこれからも変わらない。

「すみませんっ!」

お昼を終えて喫茶コーナーから出た時、後ろから男の人の声で呼び止められた。
振り返ると耳元がスッキリした短髪でグレイのスーツを着た私とあまり年が変わらなそうなサラリーマン風の男性が立っていた。

「本……忘れてますよ」
「あ……」

男性は紗月と電話で話す前まで読んでいた文庫本を持ってこちらに来た。

「この作者の作品、面白いですよね。」

男性から本を受け取る。

「有難うございます。この人の作品、何作か読まれました?」
「三作ほど。いつも犯人が意外な人物で驚かされるんですよ」

男性は、はははっと笑いを足しながら言った。

「私もです。この本の犯人もあの人じゃないかな…って目星はつけてるんですけどね」
「今度、その本も読んでみようかな」
「この図書館にもこの作者の本たくさんあるので、良かったら借りて下さい」
「じゃあ、また後で寄ろうかな」
「お待ちしてます」


午後の仕事は、3階の専門書整理業務だった。返却されてきた本を元あった場所へと返していく。このフロアは利用する人が限られているようなフロアなので、平日の利用者は他のフロアよりも少ない。現に今もこのフロアに私しかいない。
有線ひとつ流れない静まり返っているフロアで、黙々と専門書を棚に返していく。私の動く音と作業時に出る音のみしか聞こえず、自分一人が異空間にでも飛ばれたような感じ。
そこに突然タンッタンッタンッと軽快に階段を登ってくる足音が聞こえてきた。その足跡は3階のフロアにたどりつくとゆっくりに変わり、こちらへと近づいてくる。
利用者がいるなんてめずらしい。なんてことを思っていたら、足音が私の間近でピタリと止まった。
ダークブラウンの襟足が肩につく長めの髪は何もセットされておらず、大きめの黒縁眼鏡を着用し、V字の白のTシャツにダメージ加工されているジーンズ。足元は素足にサンダルといういたってラフな格好をした恭介が目の前に立っていた。

「久しぶり。3週間ぶり?」

恭介は私と目が合うとニコッと微笑んだ。

「どうしたの?」
「今日、夕方からだからちょっと顔見て行こうかなって思って」

恭介はかけていた眼鏡を外して、TシャツのV字の部分にかけた。

「誰にもばれなかった?」
「バレないだろ。ここいつ来ても人いないし」
「そうだけど……」
「そんなことより、久しぶりに会ったんだから充電させてよ」

恭介は笑顔で両手を広げた。

「いや、仕事中だし」

私はそれをきっぱりと断る。

「誰もいないじゃん」
「3週間も放置してたバツだね」

私は2冊本を手に取ると棚に返すために移動する。
すると恭介も子犬のように私の後ろからついてくる。

「なに?怒ってんの?仕方ないじゃん。仕事だったんだし。台詞覚えんの苦手なの知ってんでしょ?その他にも色々あって大変だったんだよ」
「いや、そんなことどうでもいいし」
「どうでもって……相変わらずだな。まぁ、そこがスキなんだけど」
「あっそ」
「ゆらって、本当つれないよなぁ」
「そう?普通だよ」
「昔はもっと可愛げあったよ」
「そう?」
「まぁいいや。元気そうなのはわかったし」

私は手にしていた本を1冊棚へと戻した。

「…………陽平がさぁ、俺らのことすごく気にしててさ……」

恭介は適当に本を1冊手に取ると、ペラペラとめくりながら話し始めた。

「うん……紗月も気にしてた」
「あの二人にはもう本当のこと言った方がいいんじゃない?『実は俺ら、おまえらみたいに学生の頃からずっと付き合ってるんだ』ってさ。あいつらのおかげでもあるんだし……何より俺らにとって一番大事な友人だろ?」

私と恭介は、付き合ってすぐに“別れた”ということになっている。
それは恭介が養成所に通い始めて、将来のことを思って私が提案した事だった。デビュー出来る保障もないし、そんなことする必要はないと恭介は言ってくれたけど、余計なことで恭介の将来を潰したくなかった。
だから、一番信頼をおけるあの二人にも別れたと嘘をついた。簡単についた嘘だったけど、高校を卒業すれば本当に別れると思ったし、恭介がデビューすれば自然消滅して終わるとさえ思っていた。
まさか二人についた嘘がこんなに長引くなんて思いもしなかった。
こんなにも心苦しいものだなんて考えもしなかった……

「ダメ。絶対ダメ。あの二人を信頼してないってわけじゃないけど、恭介の事務所の人からも他言無用だって言われてるじゃない」
「そうだけどさぁ……俺結構心苦しいんだけど」
「私だって心苦しいわよ…………シッ、誰かくる」

コツコツコツと誰かが階段を登ってくる足音が耳に入った。
恭介は身を屈め、私は来る人を出迎えるようなかたちで入口の方へ向かった。
するとこのフロアに上がってきたのは、石原だった。

「あ、山田さん。こっち終わったら下手伝って欲しいって香取さんが言ってます」
「了解。もうすぐ終わるから、それから下に降りますって伝えてくれる?」
「はーい。じゃあ、伝えましたからね」

石原は私に伝言を伝えるとくるっと向きを変えて階段を下りて行った。
私は彼女の背中を見送った後、一つため息をついた。

「帰るわ」
「あ…うん」

いつのまにか私の後ろに立っていて、びっくりした。

「あのさ、仕事色々詰まってて、またしばらくゆっくりした時間ないかも」
「うん。わかった」
「ごめん。メールや電話は時間見つけてするから」
「謝らないでよ。仕事もらえるうちは花なんだから稼いどきなさいよ」
「いつも言ってるけどさ、会いたくなったら部屋来ていいんだからな」
「私はいつもTVで恭介に会えるから大丈夫」
「TVでいいわけ?」

鼻と鼻が当たりそうなぐらい顔を近づけてきた。

「近いんですけど」
「会いたいって言え」

恭介は片手で私の顔を掴むとむにゅっと口をタコの形にさせた。

「ヤダ」
「じゃないと、チュウするゾ」
「………………」

タコの口のまま何も言わないでいると、しびれを切らせた恭介はそのままチュッと軽くキスをしてきた。

「じゃあな。そのキス忘れんなよ」

人差し指で私を差した後、軽く手を振りフロアを後にした。
三階の窓から下を覗くと、しばらくして自転車に乗っている恭介の後ろ姿が現れた。近くにいた親子連れも、すれ違った女子高生も、恭介のことに気がつかなかったみたいで騒ぎにはならなかった。私はその光景を見てほっと肩を撫でおろす。
まさかアイドルがこんな坂の上の図書館に来てたなんて思わないか……。

私は、恭介といつまでこんな平行線をたどるような恋愛を続けるつもりなんだろう。
私たちに未来はあるのだろうか……

それでも私はループする想いをまだ捨てられない。