Spring has come(4)

遊園地を後にして私たちは、自分たちが住む街へと戻ってきた。街に戻ってきた頃にはすっかり日が暮れていて、高速の大きな橋を渡っている時に見えた街の夜景が綺麗だった。大きなビルが当たり前のように立ち並んでいる街の夜景をじっくり鑑賞するのは初めてかもしれない。星よりも輝いている街を遠くから見ると綺麗なんだということに気がついた。
高速を降りてしばらく車を走らせて着いた場所は、最近出来たばかりの外資系ホテル。テレビや雑誌で“記念日に恋人と泊まってみたいホテル”として話題になっているホテルだった。そのホテルの地下駐車場に車を停めると、「悪いけどさ、ちょっとここで待っててくれる?後で連絡するからそれから来て」と、恭介に言われて私は車のキーを受け取ると頷いた。
それから10分近く経った時に恭介から連絡が来て、私は部屋へと向かう。部屋について部屋のチャイムを押すと、恭介が出てきて「どうぞ、お姫様」と言ってドアを開いて部屋に招き入れてくれたら、明らかに今まで泊まったことのない二部屋もある大きな部屋で、一気に世界観が変わった。どこかの洋館にでも迷い込んだようなクラシカルな部屋で、部屋に入ってすぐ目に飛び込んできたのは自分の背丈以上ある大きな窓に映る夜景。周辺のビルよりも上から見下ろす夜景はとても綺麗でしばらく見入ってしまった。
窓に張り付くように見ていた私の横に、「気に入った?」と言って恭介が並んだ。

「ねぇ、ここってスウィートルームってやつ?」
「まぁね。誕生日ぐらいいいでしょ」

そう言うと恭介は窓から離れて、「腹減ったぁ〜。メシまだかな」と言って、大きな3人掛けのソファに腰掛けるとごろんと横になった。

「え?ご飯って……ここで食べるの?」
「うん」

私は恭介の側に寄ると、恭介の足元側に軽く腰掛けた。

「恭介……」
「ん?」
「今日はありがとう。最高に楽しい1日だった」

恭介は寝転んでいた体勢をやめて、私の側に来ると私の方を向いて楽に座りなおす。

「喜んでもらえて嬉しいよ」

恭介が笑顔を見せるので、少し照れながら微笑んだ。
恭介は私の髪に触れて左耳に髪をかけると顔を近づけてきたので、私はゆっくりと目を閉じたその時、タイミング悪く部屋のチャイムが鳴る。
あと数ミリのところでキスをおわずけされて、恭介は「なんだよ……早いよ……」と言ってガックリと肩を落としていた。

美味しそうな料理が次々運ばれてきて、大きなダイニングテーブルの上にセッティングされていく。そして中央に、苺がたっぷりのっている生クリームのバースディケーキが置かれた。もちろんケーキの上には私の名前と『HAPPY BIRTHDAY』の文字が書かれているチョコレートのプレートが飾られてあった。
驚きを隠せず恭介の方を見ると、ニコッと微笑み「とりあえず、座ろうか」と言った。
それから食事の用意が全て整うと、ホテルの人は部屋を後にした。グラスにシャンパンが注がれ、ケーキの上に立っているろうそくに火をつけて、部屋の照明を暗くした。

「ゆら、お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「…………歌は歌った方がいい?歌うなら本気で歌うけど」
「いや、そこは省略でいいから」
「そう?じゃあ…ろうそく消して」

ろうそくを吹き消すと恭介は、「おめでとう」と、もう一度言いながら拍手をしてくれた。

「ねぇ、なんで今年の誕生日こんな気合い入ってんの?」
「いつも仕事があって、ちゃんと祝えてなかっただろ?だから今回は頑張りました」

恭介は部屋の照明を元に戻しながら言う。

「それだけ?」
「うん。それだけだけど。なに?」
「いや、別に……何もないけどさぁ……なんか企んでそうだから」
「ゆらに喜んで欲しかっただけだよ。そんなことより早く食べようぜ。腹ぺこ」

美味しい料理を食べて、楽しい話に花を咲かせて、二人でいつも以上にたくさん笑った。
こういう時間を一緒に過ごすだけで、私は恭介を好きになって良かったと思う。
恭介が私と居て笑ってくれるだけで幸せが満ちていく――――

私たちはあっという間に料理を食べ終えて、残ったケーキは持ち帰ることにして、ソファに座って紅茶を飲んでいたら、恭介が鞄から何かを取り出してくると、「誕生日プレゼント」と言って掌サイズぐらいある大きさの黒猫のマトリョーシカを私の膝の上に置いた。

「可愛い」

私がそれを手に取るとカランと音が鳴り、振ってみたらカランカランと中で音がした。

「開けてみてよ。ゆら、喜ぶよ」

私の右隣に座った恭介は、コーヒーカップ片手に笑みを浮かべて言う。
言われた通りに黒猫のマトリョーシカを開けると、中からピンク色の猫が出てきた。さらにそのピンク色の猫を開けると、今度は黄色の猫が出てきてそれを開けると、中からダイヤがついた指輪が入っていた。

「え……?なにこれ……すっごくキラキラしてるんだけど…………」

指輪を手に取ると、ダイヤが3つ並んでいて、両サイドに飾られているひし形のダイヤに挟まれているダイヤは1ctぐらいはありそうな大きさのものだった。

「何って、指輪じゃん」
「それはわかってるけど……これ、確実に誕生日プレゼントの域越えてるよね?」

指輪に向けていた視線を恭介に向けると、恭介は、「貸して」と言って指輪を手に取った。

「これは―――今までゆらが俺のために我慢してくれた分のご褒美も含まれてるから」

そう言うと、私の左手を取った。

「ご褒美って……?私、別に何も我慢なんかしてないけど……」
「恋人らしいこと何ひとつしてあげてないでしょ」

私は首を横に振り、「そんなことないよ……」と言った。

「あるよ。堂々とデートも出来ないし、一緒に買い物にも行けないし、旅行にも行けないし、手を繋ぐことさえも出来ないじゃん。そんな男と一緒にいてもつまんないだけなのに、ずっと一緒にいてくれた。ありがとな」

恭介が微笑むから私も微笑んだ。

「ゆら」
「ん?」
「―――あと3年待ってくれる?3年の間で結婚出来るようにちゃんとするから」

恭介は私の左薬指に指輪を通した。

「恭介、結婚は」

私が言い終えるのを待たずにすぐ恭介は口を開き、「俺が嫌なんだ。俺自身がちゃんと形にしてないと嫌なんだ」と言った。

「…………」
「俺さ、ゆらと家族になる夢はやっぱり捨てられない。今度はちゃんと円満に結婚出来るように事務所を説得して許可貰うから……だからその時は、朝比奈ゆらになってくれる?」

恭介は私の左手薬指にはめた指輪にキスをした。

「…………」
「……ゆら、返事は?」

私は笑顔で答える。

「朝比奈ゆらになってあげてもいいよ」

と、私が答えたら恭介は、「相変わらずだなぁ。まぁ、そこがいいんだけど」と嬉しそうな笑みを浮かべるので、私も自然と笑みがこぼれて恭介に抱きついた。
恭介をしっかりと抱きしめている左手の薬指には、贅沢過ぎるほどの約束の指輪が光っている。


中学生の頃に漠然と描いていた自分の人生は、ごくありふれた人生だった。高校に行って、大学に行って教員免許とって、高校教師になって、28歳ぐらいで結婚する―――なんてことを人生設計していた。しかし、現実は思い通りには行かないものである。高校教師にはならなかったし、まさか高校に入って初めて付き合った恋人と、10年付き合って、3年離れて、30歳過ぎた今でもまだその恋人と一緒にいるとは思わなかったし、まさか付き合っている恋人がアイドルとして芸能界で活躍するなんて……想像もしていなかった。
自分が描いていた人生設計とは違ったけれど、幸せか?と聞かれたらそれはすぐに答えられる。

幸せです


Happy End.
(2013.7.8)