Spring has come(3)

誕生日当日の朝は、ご褒美をもらったように澄んだ青空が広がり快晴だった。ホテルの部屋に差し込む朝日が、窓辺近くにあるテーブルの上に並んでいる陶器の食器に反射する。目の前に座っている恭介は寝ぐせがついたままの髪をしてロールパン片手に時間でも止まっているかのように静止したまま、朝食をとっている私の顔を不思議そうな感じで見ていた。何も言わず見つめるので、視線を恭介に向けて「なに?なんなの?」とじっと見られていることに不快感いっぱいの声で言うと、「……乙女モードどこいったんだよ」と残念そうに言った。

「は?何言ってんの?」
「一晩寝たら乙女モードは終了かよ……。だったらもっと楽しめば良かった……痛恨のミス」

恭介はガックリと頭を下に降ろして言った。
昨日のほろ酔い加減(?)だった私のことを指して言っているのだろうと思うが、私は恥ずかしくて無言を貫く。
自分でも昨日の私は私じゃないように思うし、出来れば思い出したくない……。

「さすがツンデレだな」

恭介は顔を再びあげるとパンを食べながら、笑みを浮かべる。

「もぉいいよ。その話は。――で、今日はどうすんの?」
「ああ、そうそう。今日は、丘の上の遊園地に行こうと思ってんだよね。覚えてる?高校生の時行っただろ」
「ああ――…恭介が私を置き去りにしてお化け屋敷を出た遊園地ね」
「なんかさ、その言い方トゲない?まぁいいけど。今日はそこで1日遊んで、夜は―――お楽しみ」
「ねぇ、遊園地なんか行っても大丈夫なの?」
「大丈夫だろ。地元の奴しか知らない様なさびれた遊園地じゃん」


それから私たちはホテルを後にすると、恭介の車に乗って丘の上にある遊園地へと向かった。
丘の上にある遊園地は山の麓に近い場所にある小さな遊園地で、最新のアトラクションや流行りのアトラクションはないに等しいぐらいで、恋人や友達同士で来るっていうよりも、家族で遊びに行く――といった昔ながらの遊園地だった。
電車で行くと地元の駅から最寄りの駅まで1時間は掛かり、さらに最寄りの駅から遊園地までは市営バスを乗って30分は余裕で掛かる。
恭介と高校生の頃に1回だけここに来た。今思うとバカらしいことだけど、「丘の上の遊園地でデートをすると、二人は別れない」というジンクスがあるとかで、それを知った恭介から「行こう行こう」としつこく迫られて出かけた。その遊園地の帰りに恭介が「これで俺たちはずっと一緒だな」と言って喜んでいたのを思い出したら、顔が自然と緩んだ。

「ニヤニヤしてて気持ち悪いんですけど」

右側後部座席で思い出し笑いしていた私にバックミラー越しで見た恭介が言った。

「ねぇ、恭介覚えてる?遊園地のジンクス」
「ああ――あの、デートすると別れないってやつ?」
「そうそう。あの時、恭介すごく喜んでたなぁと思って。思い出してたら笑えて……」

私は、またクスクスと小さく笑った。

「笑うなよ。人の恋心を」
「だって、あの時の恭介、マジでジンクス信じてそうだったから、単純だなぁと思って」
「うるさいよ。でも、あのジンクスは本当だったじゃねぇかよ。俺たち未だに一緒にいるし」
「でも私たち1回別れてるからね」
「細かいこと言うなよ」
「今でもそういうのあるのかなぁ?」
「あるだろ」
「ねぇ、同じ相手と二回来ると別れる。とかだったらどうする?」

ジンクスを信じていそうな恭介に意地悪っぽく言った。

「バーカ、そんなわけないだろ。1回目が別れないだったら、2回目は永遠の愛を誓うんだよ」

バックミラー越しに恭介の顔を覗けば、自慢げな顔して言っていた。

「永遠の愛ねぇ……。さすがアイドルは言うことが違うね」
「あったりまえだろ。現役アイドルなめんなよ」

土曜日だというのに丘の上の遊園地は空いていて、私たちにとったら好都合だった。それでも念のために恭介はサングラスをして目深に帽子をかぶり、私と少し距離を置いて歩いて様子を見ていたが、誰も恭介に気がつくことはなかった。まさか人気アイドルがこんな寂れた遊園地に遊びに来てる―――なんて誰も思わないのだろう。
私たちは大丈夫だと確信したら、二人距離を縮めて手を繋ぐ。普通に繋いでいた手を指と指を絡ませて握りなおした。
初めて手を繋ぐわけでもないのに、なんだか妙に緊張する。

「昼間から手を繋ぐって……緊張しない?」

恭介と同じことを思ってたのか。と思うと笑えてくる。
小さく笑ってると、「なんだよ」と言うので、「私も緊張する」と答えた。

「おっ、乙女モードスイッチ入った?」
「そんなスイッチないから」

目を輝かせて言った恭介につれない返事をすると、パッと繋いでいた手を離して、私は早歩きで先に進む。

「なんだよ。怒んなよ。ゆらぁ〜手ぇ繋ごう〜。つーか、繋いで下さい。お願いします……」

私はピタッと歩いていた足を止めて恭介の方を向くと、「ねぇ、あそこ行こうよ」と斜め前に見えていたお化け屋敷を指差した。恭介は指差した場所に気がつくと、「おまえ、いい根性してんじゃん」と顔を引きつらせ、「もう手繋いでやらない」と拗ねた。
普通の恋人のように当たり前に出来ることが嬉しい。昼間に堂々と遊園地に来て、恭介と一緒にいて、心弾んでいる自分に驚くぐらい楽しくて、この時間がずっと続けばいいのに……と思わず思ってしまう。それほど幸せな時間だった。
私たちは高校生に戻ったようにはしゃいで1日遊園地を満喫して、休憩していたベンチで時間を確認すると夕方の4時を差していた。

「もう4時かぁ………楽しい時間はあっという間だな」
「……そうだね」

私たちの前をベビーカーを押している親子連れが通り過ぎる。お母さんがベビーカーを押して、その後ろを3歳ぐらいの小さい男の子の手をひいてお父さんが歩いていた。その微笑ましい光景に思わず私たちは見入ってしまう。

「いつか俺たちも……ああやって歩く時がくると思う?」
「……さぁ……どうだろう」

今の状況で結婚は考えられないし、ましてやその先―――なんて想像もつかない。

「俺は―――来ると思うよ。俺には見える。俺と、ゆらと、子どもと、一緒にまたこの遊園地に来るのが見える」

恭介は右手の指を使って輪っかを作るとそれを望遠鏡に見立てて右目にあてて、私を覗くと微笑んだ。

「じゃあ、楽しみにしてよう」
「ゆら」
「ん?」
「例えばさ、俺らが結婚して、そのせいで俺の人気が無くなって、仕事がなくなったら……どうする?」

恭介はまっすぐに私を見る。
私は軽く微笑んだ後に、「その時は私が養ってあげるから大丈夫」と答えた。

「さすがゆら。頼もしいな」
「恭介はそうなるのが怖いの?」
「いや、怖くない。また認めてもらえるように頑張ればいいだけだから」
「タイムマシーンに乗って、あの頃の恭介に聞かせてやりたい台詞」
「うるせーよ」