Spring has come(1)

春間近な3月下旬。取り壊されてしまった図書館で私の後輩として働いていた石原が結婚した。相手は去年飲み会で知りあったという商社マンらしい。長い間付き合っていた彼とは結婚に踏みきることが出来なかったけど、今の彼と出会ってすぐに『結婚』という文字が浮かんだと言っていた。それはきっと旦那様になった人が運命の相手だったからに違いない。
結婚した友人の中でたまに、「初めて会った瞬間に、この人と結婚すると感じた」と言うのを聞く。あながちそういうのは嘘じゃないんだなぁ…と思うけど、私と恭介は果たして運命の相手と呼べるのだろうか?
高校生で出会って、恋人になって―――今年で14年目。3年離れていたけど、恭介と再会してまた恋人に戻って一緒にいるけど、運命的な要素は正直感じたことはない。
それに、恭介の職業柄「恋人」「結婚」なんて禁止事項に近いものがあるし、あの27歳の夏にいろんなことがあって以来『結婚』という言葉は地雷の様に避けている。
結局、より悪化してふりだしに戻った感じがするのは気のせいだろうか……?
――――でもまぁ、きっと、運命の相手だからこそ14年も一緒にいるのだろう。

「2次会どうだった?」
「石原、すごく綺麗だった」

石原の結婚披露パーティの終わりに、恭介が車で会場近くまで迎えに来てくれていた。今日は夕方まで仕事でその後はオフだったらしく、久しぶりにゆっくりと自分の時間を過ごしていたみたいだったけど、迎えを口実に会う時間が欲しかったようだ。

「そっかぁ……俺も見たかったな」
「そう言えば、石原が新しい図書館にも来て下さいねって言ってたよ」
「じゃあ、今度結婚祝い持って行こうかな。――――しかし、彼女には本当に感謝だよな。ずっと黙っててくれたんだから」
「そうだよ。恭介は絶対石原に足を向けちゃダメだからね」

石原は私たちが別れた後に恭介が一人で坂の上の図書館に通っていたことを誰にも言わず黙っていてくれた。後でこのことを知って、一度石原を誘い三人で食事をしてお礼をした。石原は「私はただの小心者で、私が言ったことで事が大きくなるのが怖かっただけですから」と笑顔で言ってくれた優しさが嬉しかった。

私たちは前回の教訓を生かして、どこにも寄り道をせずに真っ直ぐ恭介のマンションへと帰った。恭介の新しいマンションは街中にあるセキュリティが重視されているしっかりした5階建てのマンションで、芸能人やスポーツ選手なども住んでいる様な一般人の私には無縁なお洒落なマンションだった。以前住んでいたマンションも1人で住むには充分な広さだったけど、今のマンションも部屋数は減ったけど一人で住むには贅沢な間取りの部屋だった。必要最低限の家具しかないから余計に広く感じるが、部屋の散らかり具合は相変わらずで、せっかくの部屋が台無しである。

「ねぇ、この三毛猫の帽子……増えてない?」

以前住んでいたマンションでは玄関付近に置かれていた大きな三毛猫の置物は現在リビングの壁際に置かれていて、頭の上に被っている帽子がテンガロンハット、キャップ、ハット……と、トリプルアイスクリームのように積み重なっていた。

「帽子って置き場所困るよな」
「クローゼットにしまえばいいんじゃないの?」
「いいんだよ。ここで。みーたんは帽子がかぶりたいの」
「あっそ。みーたんってなんなの……・」

私は床に落ちてあった服やズボンを拾い上げて、無駄に大きなL字ソファの上にとりあえず置いた。

「今日、何してたの?」
「ん――?テレビ見たり、ゲームしたり」

キッチンにある冷蔵庫から飲み物を取り出しながら恭介は答える。

「部屋片付けたら良かったのに」
「別に散らかってないじゃん」
「……その美的センスは絶対表に出さない方がいいよ」

私は雑誌や漫画をどけてソファ中央に座った。

「それより今度さ、陽平んとこの会社の新商品のCMに起用されたんだよね」

恭介は2人分の飲み物を持って私の横に座り、ガラスのコップに入ったお茶を手渡してくれた。

「そうなんだ」
「それで、陽平と溝部って人と会った」
「…………」

私はガラスのコップに入ったお茶を口へと運んだ。

「何故黙る」
「別に黙ったわけじゃないけど」
「笑顔で、『ゆらさんによろしくお伝え下さい』って言われたんだよね。どういうこと?」

恭介は溝部さんの口調を真似て笑顔を作って言ったが、その笑顔が怖かった。

「そう……」

持っていたガラスのコップを目の前のテーブルの上に置いた。

「――――報告があがってないんですが?」
「あれ?そうだっけ?言ったと思ってた―――っていうか、陽平から聞いたんじゃないの?」
「聞いたよ。なんでも、俺らがまだ付き合っている頃に、陽平達がお膳立てしてくれて紹介してくれたんだって?」
「なんだ。ちゃんと聞いてるじゃん」
「――で、ゆらは俺とまだ付き合ってるのに溝部と食事行ったりしたの?」

恭介は“まだ付き合っているのに”という言葉を強調する。

「行くも何も……その後すぐにあの騒動があって会うこともなかったわよ」
「でも、俺らが別れてる間は、食事行ったり遊びに行ったりしてたんだろ?陽平が『良い雰囲気だった』って言ってたけど?」
「気のせいでしょ。溝部さんは恭介と別れて落ち込んでる私をただ励ましてくれてただけだよ」

これ以上話がややこしくなるのを避けるため、溝部さんが私に好意を寄せてくれていたことは何となく伏せた。
しかし、恭介は何かを感じ取ったのか「溝部、ゆらのこと好きだったんじゃないの?」と野生の感を働かせる。

「ま、まさか……そんなことないよ。そんな話になったこともないし」
「ふ―――ん……まぁいいけど。俺らが離れている間の話だし」
「…………」

私は再びグラスに入っているお茶を手に取ると口へと運んだ。

「ゆらは、溝部のこと好きにならなかったの?」
「好きになってたら恭介とヨリ戻さないでしょ」

今まで疑いのまなざしで私を見ていた恭介は、表情を一変させてニコッと笑顔を見せると、ヨシヨシと私の頭を撫でた。

「ねぇ、溝部さんに変なことしないでよ」
「するかよ。溝部の奴も俺らの愛の深さに参っただろうしな」

恭介は溝部さんの話を聞いて納得したのかテレビのリモコンを取ると、テレビの電源を押してテレビをつけた。
それからしばらく2人でゆっくりな時間を過ごしていた時に、恭介が「あ、そうだ」と何かを思いだしたようで立ち上がると、キッチンの冷蔵庫に貼っていた何かを持って戻ってきた。

「俺、ここの住所教えてないから実家に届いて、昨日実家から送られてきたんだよね」

と、同窓会の案内が記載されている往復ハガキを私に手渡す。
高校2年のクラス会の案内だった。

「恭介は参加するの?」
「いや、無理なんだよ。この日、夕方からテレビ局で打ち合わせとラジオの仕事が入ってて。ゆらはどうすんの?」
「紗月たちと待ち合わせて行こうって話になってたから、何もなかったら恭介も一緒にって思ってたんだど……ダメなんだね」
「まぁそうなんだけど……あのさ、俺、仕事終わったらそっち行くからどっかホテル泊まろうよ」
「別に構わないけど……なんで?」
「この同窓会の日、ゆらの誕生日前日だろ?」

私は恭介に言われてハガキに目を通し、日時が恭介の言うとおり誕生日前日だったことに気付いた。

「ホントだ……気づかなかった」
「俺、今年は偶然にもゆらの誕生日の日完全オフなんだよ。こんなこと今までに1度もなかったろ?だからさ、前日は地元のホテル泊まって、朝から遊んで、夜はこっちに戻ってきて美味しいもの食べて祝おうよ」
「いいの……?せっかくのオフをそんなことに使って」
「たまには恋人らしく祝わせてよ」

恭介の気持ちが嬉しくて私が笑顔になると、恭介は私の両手を握り、「最高の誕生日にしてやるよ」と、普段よりも少しトーンを落として、雑誌やテレビで見せる様なキリッとカッコよくキメ顔をして言った。

「そんなアイドルパワー全開で言わなくても……」
「胸きゅんになった?」
「気持ち悪い」
「気持ち悪いって……俺、これで一応メシ食ってんだけど……」