二人の大切なもの(4)

季節は夏を迎えていた。
少しだけせり出して大きくなったお腹を抱えて図書館へ来館すると、世間的に夏休みということもあるのか小学生らしき子どもの姿も見えていた。これまで夏休みでもあまり小学生や親子連れの姿は見かけなかったけど、今年の夏はあのイベントを頑張ったおかげで利用してくれる子ども達が増えてくれただけでも企画して良かったと思った。

「こんにちは」

受付に座っていた後輩に声をかけると、「え?え?山田さん?!」と驚き、「うわぁ――…お腹おっきくなってる」と言って私のお腹に触れる。
彼女の声で近くにいた後輩たちが、「山田さ――ん」と笑顔で寄って来てくれて私を歓迎してくれた。

「みんな元気そうだね」
「元気ですよ」
「山田さんいなくなってすっごく寂しいです」
「復帰して下さいよ。復帰」
「そうですよ。所長も大歓迎しますよ」
「ん――…でも、今は無事に出産することが私のお仕事だから」

私はあれから退院してすぐに仕事を辞めた。
恭介は「無理しないって約束してくれたら、続けてもいい」って言い直してくれたけど、それ以上に仕事を続けているとまた同じようなことが起きそうな気がして、当分の間はずっと避けていた主婦業とこれから始まる子育てに向き合う覚悟を決めた。

「結構、子どもの利用増えたんじゃない?」

と、私は辺りを見渡しながら言った。

「実は……GWのイベントが好評だったんで、先日第二弾として同じようなイベントやったんですよ」
「え?そうなの?」
「はい。山田さんのおかげですよ。山田さんがあんな素敵なイベントを提案してくれるから」
「結局、私何もしてないけどね……」
「何言ってるんですか。倒れるまで頑張ってくれてたじゃないですか」
「そうですよ。妊娠してたんならしてるって言って下さいよ。倒れた時に聞かさてビックリしたんですからね」
「本当……ごめんね」

自分の子どもを犠牲にしてまで頑張っていたGWイベントは、企画した私が入院して不在のまま行われた。中途半端な仕事をして悔いが残ったけど、ずっと手伝ってくれていた後輩たちが写真付きのメールをくれて大盛況している様子を教えてくれた。その写真を見ていると参加出来なかったことが悔やしかったけど、私の企画が大盛況だったことは嬉しかった。

「あ、そういえば。この間テレビで山田さんたちのことやってましたよ」
「見た見た。ベビー用品店でキョンがベビーカー押してたってやつでしょ?」
「“朝比奈恭介が店内でベビーカーを…”って言われてたけど……」
「普段のキョンならやるよね」

と、後輩たちは声を合わせて笑っていた。
先日スターダストのニューシングルの発売に合わせて、安定期に入っていることもあって私たちの間に子どもが生まれることが正式に発表された。FAX一枚で発表したので、恭介と私のツーショットを狙っていたらしく、知らない間に週刊誌に撮られていた。
その記事は、恭介が芸能人の友達から勧められたというベビー用品店へ二人で出かけた時の様子が書かれていて、店内に置いてあった外国製のベビーカーを恭介が店内で押している写真が掲載されていた。

「あのベビーカー買ったんですか?」
「買うわけないでしょ。あのベビーカー10万近くもするのよ?そんな大金出せないわよ」
「あのベビーカーはなぁ、小回りも利くし、軽量だし、赤ちゃんの頭も振動から守ってくれる程のクッション性があるんだよ。しかも今年限定カラーのホワイトだぞ。ホワイト」

私たちの話を聞いていたらしい恭介が私の背後から現れて口をはさみ、突然の登場に驚いている後輩たちに、「久しぶりだね。元気だった?」と笑顔で手をふる恭介。

「山田さん。キョンいるならいるって言って下さいよ」
「そうですよ。心の準備が……」
「ああ…ごめんごめん」
「相変わらず面白いな。キミたちは」

そう言った後に恭介は、「あ、これ。差し入れ」と言って、ドーナツの詰め合わせを渡した。

「2人でこれからどこか出かけるんですか?」
「クリニックでやってる予定日が同じ月の人たちが集まる交流会があって、それに参加するの」
「え?キョンも参加するんですか?」
「俺も行きたいんだけど、お母さんたちだけみたいなんだよ。だから俺は送り迎えだけ」
「だったら図書館で時間潰して下さいよ」
「そうですよ。ゆっくりしてください」
「ドーナツ一緒に食べましょう」
「あ――…ごめん。その間ちょっと事務所で打ち合わせなんだよ。また今度ね。ごめんね」

後輩たちは残念そうにしていたけど、また顔を出すと約束をして、私たちは図書館を後にした。
宇佐美産婦人科クリニックへと向かうために大通りを二人並んで手を繋いで歩く。こうやって二人で歩くのもあとわずかなのかと思うと、どこか少し寂しい感じがする。

「なぁ――やっぱ、あのベビーカー買おうよ。あーちゃんにはあのベビーカーが似合うって」

交差点で信号待ちをしていると、恭介はまだあのベビーカーを諦めきれないのか思いだしたのように話してきた。

「買いません。っていうか、まだ顔も見たこともないのに似合うってなんでわかるのよ」
「この間検診の時にエコーで見たじゃん。あーちゃん、すっげぇ美人な顔してたじゃん。」

恭介は生まれる前からすでに親バカぶりを発揮していて、お腹の子どもを勝手に“あーちゃん”と名付けている。

「冷静に考えてよ。10万もするのよ?ベビーカーにそんな出さなくていいわよ。それにね、二人目の時、恭介は絶対新しいベビーカー欲しがるから」

と、言ったら、恭介は小さく微笑み、「ゆら、二人も産んでくれるんだ」と言う。

「え……?なんで?」
「母親になることグズってたから、一人で充分なんだと思ってた」
「一人産んだら、二人も三人も同じでしょ」
「相変わらず変なところ雑になるなぁ……。あれだけ悩んでたのなんだったの?」
「…………」
「まぁ、ゆらのそういうところ好きだけどね」

恭介は小さく笑みを浮かべて私の頭を優しく撫でる。
二人で顔を見合わせて笑ってると、お腹の中の子どもが動いたのがわかり、お腹に手をあてて、「あ…今、動いた」と、恭介に教えた。

「あーちゃんも今、幸せだなぁ…って感じたんだよ」

その言葉に自然と笑みがこぼれる。
信号が青に変わり、私たちは再び手を繋いで歩き始めた。

これからは3人で幸せを築いて行く―――――――


HAPPY END
(2014/6/14)